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SAKATA MASAHIRO
坂田雅弘 Official Website
作曲 ― 無益な作業ながら日々新たなる極上の愉しみ "…le plaisir délicieux et toujours nouveau d'une occupation"
http://www.ravel.jp/ 

 
名曲50選
1994 年 執筆
目次
はじめに
バロック・古典派の音楽
1 バッハ 
マタイ受難曲
2 バッハ 
カンタータ 第 147 番《心と口と行いと生活で》
3 モーツァルト 
ピアノ協奏曲 第 23 番 イ長調
4 モーツァルト 
レクイエム ニ短調
5 ベートーヴェン 
交響曲 第 9 番 ニ短調
ロマン派の音楽
6 メンデルスゾーン 
ヴァイオリン協奏曲 ホ短調
7 ショパン 
ピアノ協奏曲 第 1 番 ホ短調
8 シューマン 
ピアノ協奏曲 イ短調
9 ブラームス 
ドイツ・レクイエム
10 ブラームス 
交響曲 第 4 番 ホ短調
11 ブルックナー 
交響曲 第 4 番 変ホ長調《ロマンティック》
12 ブルックナー 
交響曲 第 8 番 ハ短調
13 マーラー 
交響曲 第 3 番 ニ短調
14 マーラー 
交響曲 第 8 番 変ホ長調《一千人の交響曲》
15 ヴェルディ 
歌劇《リゴレット》
北欧の音楽
16 グリーグ 
ピアノ協奏曲 イ短調
17 シベリウス 
交響曲 第 2 番 ニ長調
18 シベリウス 
クレルヴォ交響曲
19 ニールセン 
劇付随音楽《アラディン》
ロシアの近代音楽
20 ムソルグスキー 
歌劇《ボリス・ゴドゥノヴ》
21 ムソルグスキー 
組曲《展覧会の絵》
22 R. コルサコフ 
交響組曲《シェエラザード》
23 チャイコフスキー 
ピアノ協奏曲 第 1 番 変ロ短調
24 ラフマニノフ 
ピアノ協奏曲 第 2 番 ハ短調
25 ラフマニノフ 
ピアノ協奏曲 第 3 番 ニ短調
26 ラフマニノフ 
交響曲 第 2 番 ホ短調
27 スクリャービン 
交響曲 第 4 番《法悦の詩》
フランス周辺の近代音楽
28 フォーレ 
レクイエム
29 デュリュフレ 
レクイエム
30 ドビュッシー 
歌劇《ペレアスとメリザンド》
31 ドビュッシー 
管弦楽のための映像《イベリア》
32 ラヴェル 
バレエ《マ・メール・ロワ》
33 ラヴェル 
バレエ《ダフニスとクロエ》
34 ラヴェル 
歌劇《子供と魔法》
35 ファリャ 
バレエ《三角帽子》
イギリスの近代音楽
36 V. ウィリアムズ 
田園交響曲
37 ホルスト 
組曲《惑星》
38 ブリテン 
戦争レクイエム
続・ロシアの近現代音楽
39 プロコフィエフ 
ピアノ協奏曲 第 3 番 ハ長調
40 ストラヴィンスキー 
バレエ《火の鳥》
41 ストラヴィンスキー 
バレエ《ペトリューシュカ》
42 ストラヴィンスキー 
バレエ《春の祭典》
43 ハチャトゥリアン 
交響曲 第 3 番 ハ長調
44 ハチャトゥリアン 
ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
アメリカの近現代音楽
45 コープランド 
バレエ《ロデオ》
46 バーンスタイン 
ミュージカル《ウエストサイド・ストーリー》
47 ライヒ 
管楽器・弦楽器・鍵盤楽器のための変奏曲
48 ライヒ 
砂漠の音楽
日本の現代音楽
49 武満 徹 
弦楽のためのレクイエム
50 吉松 隆 
鳥たちの時代
おわりに
 

 
はじめに
 この表題は, 音楽評論家吉田秀和氏の『名曲 300 選』(白水社版『吉田秀和全集 第 7 巻』所収)にならうものである. もちろん, 私自身は吉田氏ほど音楽への造詣が深いわけではない. あくまでも, 普段の私が好んで聴く音楽の中から「名曲」と思われるものを採り上げ, 個人的な回想や想いを述べたにすぎない. 要するに, ここに挙げる「名曲」とは, 所詮は私個人の嗜好の域を脱しないものであり, 普遍的な妥当性を保証するものではないのである.
 
 ある曲に対する好悪は, それを初めて聴いた頃の境遇や心情に対する好悪と密接な関係があるように思う. 私は, 自分が好む曲とその曲にまつわる想い出とを切り離して考えることはできない. それゆえ, 本稿に挙げた曲の大半は, 私が子供の頃から長きにわたってその想い出への懐旧の念も含めて聴きつづけてきたものである.
 
 なお, この 50 曲は,「おすすめのクラシック音楽は何か」と問われたときの一つの回答として選んである. 数多くの名曲の中からわずか 50 曲に限定するわけであるから, 聴きごたえのある曲が中心となるのは当然であろう. 本稿では, 交響曲・協奏曲・声楽曲・オペラ・バレエを含む管弦楽曲から選ぶこととし, 室内楽曲・ピアノ曲・歌曲などについては割愛することにした.
 

 
バロック・古典派の音楽
バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685-1750, ドイツ)
 では, まず最初に何を選ぶべきであろうか. ここでは, 躊躇することなくバッハの代表作 1マタイ受難曲』(1727)を選ぼう. ある音楽評論家が「孤島へ行くのに 1 曲だけレコードを持っていくとしたらこの曲を選ぶ」と述べていたが, まったく同感である. 私自身は,「世を去る前にあと 1 曲だけ聴くとしたら」と問われた場合でも迷わずこの曲を挙げるであろう. 音楽好きであった父親の影響で, 幼少の頃から聴き親しんできた音楽である.
 
 新約聖書の『マタイ伝』に沿って, キリストが捕えられ磔刑に処されるまでの歩みがバッハの深い信仰心をもって情熱的に描かれる. 自筆譜は美しく聖書され, 聖句は朱書きで「聖別」されているという. アリアやコラールの 1 曲 1 曲は深く心に沁みわたるものであり, 演奏時間にして 3 時間, 最後まで聴く者の心をとらえて離さない.
 
 スコアには, 歌詞とは別に, バッハが意図的にメッセージを込めたと考えられる書法(調性・音型・楽器法・音符数や小節数など)が随所に見られる. 音楽のすばらしさもさることながら, バッハの卓越した作曲技法に驚かされるのである. 頻繁に聴くべき音楽ではない. イースターが訪れる頃, 世俗の雑事を離れ, 襟を正して耳を傾けたくなるような崇高な音楽である.
 
 バッハの偉大なるゆえんは, その膨大な作品数にもかかわらず, その多くが今なお国境や時代を越えて頻繁に演奏されつづけているところであろう. 彼が没して 200 年以上が過ぎた現在でも, その音楽は, 相変わらず新鮮な響きをもってわれわれを魅了するのである.

 『
平均律クラヴィーア曲集』第 1 巻(1722), 第 2 巻(1742),『フランス組曲』(1715), 『イギリス組曲』(1717),『パルティータ』(1730),『イタリア協奏曲』(1734),『ゴルトベルク変奏曲』(1742)などの鍵盤楽器のための作品は, 聴いても弾いても心に潤いを与えられるものであるし,『無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ』(1720)や『無伴奏チェロ組曲』(1723)は, 弦楽器のもつ音色の美しさと表現の可能性を極限まで究めたみごとな技法とバッハ特有のどこか懐かしい郷愁性を呼びさますような旋律と和声とに, 思わず感嘆のため息が出る.
 
 『
クリスマス・オラトリオ』(1734)や『ミサ曲 ロ短調』(1749),『音楽の捧げ物』(1747)や『フーガの技法』(1749)などは, 音楽的な芸術性の高さもさることながら, そこに繊細に紡ぎ出される対位法の極致には心底から感心せずにはいられない.
 
 ライプツィヒの聖トーマス教会のカントールに就任した彼は, その後の数年間で, 礼拝のために毎週 1 曲のペースでカンタータを作曲しつづけるという超人的な偉業を成しとげた. ここで作曲された 200 曲近くの「教会カンタータ」の中に,『
カンタータ 第 140 番目覚めよとわれらに呼ばわる物見らの声》』(1731)や 2カンタータ 第 147 番心と口と行いと生きざまをもって》』(1723)などのすばらしい名曲がある. 演奏時間にしてわずか 30 分たらずであるが, 後者における第 3, 第 5, 第 7, 第 9 曲のアリアは, いずれも珠玉の逸品と言えよう.
 
 また, 教会カンタータとは別に 20 曲ほど存在する「世俗カンタータ」の中では,『カンタータ 第 208 番《楽しき狩りこそわが喜び》』(1713)を特に好んで聴く.
 

 
モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791, オーストリア)
 バッハとは音楽の質がまったく異なるものであるが, モーツァルトの作品にも心が洗われるような美しいものが多い. 自然に泉が湧き出ずるような清澄で繊細な旋律と明快で優美な和声とが特徴であり, その音楽の底には, 短いながらも苦労の多かった彼の生涯と精妙を究めた作曲技法とが複雑に織り込まれている.
 
 《
フィガロの結婚》(1786),《ドン・ジョヴァンニ》(1787),《魔笛》(1791)などのオペラは, 他愛ない内容ながらも観ていて大変におもしろい. 音楽としても劇としても観る者を飽きさせない工夫が随所に施されている.
 
 18 曲からなる『
ピアノ・ソナタ』は珠玉の名曲ぞろいで, 小学生の頃からこれを聴き, ヘブラー(Ingrid Haebler)やピレシュ(Maria João Pires)などの名演で聴き親しんできた私にとっては, いずれの曲にも深い懐かしさを感ずる.
 
 室内楽曲では『
ピアノ四重奏曲 ト短調』(1785)や『クラリネット五重奏曲 イ長調』(1789)がとりわけ優れているし, 協奏曲では『フルートとハープのための協奏曲 ハ長調』(1778)や『オーボエ協奏曲 ハ長調』(1777)の典雅な雰囲気, あるいは最晩年の傑作『クラリネット協奏曲 イ長調』(1791)の澄みきった明るさと憂いを帯びた哀愁感に惹かれる.
 
 バッハと同様, モーツァルトにも名曲が多すぎて選曲に迷う. しかし, ここではまず
3ピアノ協奏曲 第 23 番 イ長調』(1786)を選ぼう. 『ピアノ協奏曲 第 20 番 ニ短調』(1785)における若々しい情熱や『ピアノ協奏曲 第 26 番 ニ長調《戴冠式》』(1788)における高雅で華麗な装いもすてがたいが, この曲における底知れぬ端整な響きにはそれを上まわる魅力がある.
 
 交響曲は, わずか 2 ヶ月あまりで作曲されたという「三大交響曲」が特にすばらしい. 中でも, せつなくドラマティックな情動性が印象的な『
交響曲 第 40 番 ト短調』(1788)や, 華やかで光輝に満ちた『交響曲 第 41 番 ハ長調ジュピター》』(1788)は, 後期交響曲の代表作と言ってよい. 最後の交響曲にふさわしい, 壮大で力強いエネルギーに満ちあふれた輝かしい音楽である.
 
 また, 声楽曲にも優れた作品が多い.『
ミサ・ブレヴィス雀のミサ》』(1776),『ミサ曲 ハ長調戴冠式ミサ》』(1779),『大ミサ ハ短調』(1782)は, 聴くたびに心が浄められる.『エクスルターテ・ユビラーテ』(1773)の歓びに満ちた爽快な音楽も心を癒すものであるが, 心を癒すといえば,『アヴェ・ヴェルム・コルプス』(1791)の比類ない美しさはどうであろう. 長期にわたる経済的な不遇や病に蝕まれていた彼が世を去る半年前に書いた, 魂だけが現世から遊離して天上の楽園をただよっているかのような音楽である.
 
 とはいえ, モーツァルトの最高傑作はやはり
4レクイエム ニ短調』(1791)であろう. 誠に残念なことは, これが《戴冠式ミサ》と同様, 未完成の作品として残されたことである. 彼自身, 最後の作品となることを覚悟して書いたのであろう. 世俗からはるかに乖離した荘厳な神々しさにあふれた音楽は, 人間の死というものに対して真摯に向き合わせる力をもっている.
 

 
ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827, ドイツ)
 私とベートーヴェンの作品との出会いは, 小学校 2 年生の頃,『ピアノ・ソナタ』に始まる. 最初に弾いたソナタは『第 20 番 ト長調』(1796)で, 続いて『第 9 番 ト短調』(1798)や『第 10 番 ト長調』(1799)など……. 手が小さくオクターヴを押さえられるかどうかという程度であったが,『第 14 番 嬰ハ短調月光》』の第 1 楽章や第 2 楽章を弾いたのもこの頃であったと思う.
 
 以来, 小学生時代から学生時代にいたるまで, ピアノ学習者としてほとんどの『ピアノ・ソナタ』を弾いてきた. 特に,『
第 1 番 ヘ短調』(1794),『第 7 番 ニ長調』(1798),『第 9 番 ホ長調』(1799),『第 15 番 ニ長調田園》』(1796),『第 24 番 嬰ヘ長調テレーゼ》』(1809),『第 25 番 ト長調かっこう》』(1809),『第 27 番 ホ短調』(1814),『第 30 番 ホ長調』(1822)など, 比較的小規模なものを現在でも好んで弾く.
 
 『
ヴァイオリン・ソナタクロイツェル》』(1803),『弦楽四重奏曲ラズモフスキー》』(1806),『ピアノ三重奏曲大公》』(1811)などの室内楽曲や, 《コリオラン》(1807)や《エグモント》(1810)などの管弦楽曲も有名であるが, 私が特に好んで聴くのは『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調』(1806)と『ピアノ協奏曲 第 4 番 ト長調』(1807)である. いずれも, 管弦楽法と楽曲構成において中期以降の彼の交響曲を想わせる完成度の高さで, 聴衆を惹きつける印象的な楽想に満ちている.
 
 とはいえ, ベートーヴェンの音楽の真骨頂はやはり交響曲であろう. 彼の交響曲を頻繁に聴いていたのは私が小学校 3 年生か 4 年生の頃で, 当時, 音楽之友社のスコアを入手して全曲を暗譜するほど繰り返し聴いたおぼえがある. わずか十数段の五線に書かれた楽譜からなぜかくも壮大で重厚な音が鳴り響くのか, 実に不思議に感じたものであった.
 
 『
交響曲 第 5 番 ハ短調運命》』(1808),『交響曲 第 6 番 ヘ長調田園》』(1808)のすばらしさは言うまでもないが,『交響曲 第 3 番 変ホ長調英雄》』(1804)や『交響曲 第 7 番 イ長調』(1812)の完璧なまでの楽曲構成力にも深い憧憬の念を抱かされる.
 
 ロマン・ロラン(Romain Rolland)は, ベートーヴェンの創作活動における中期を「傑作の森」と称した. けれども, 彼の「交響曲」こそ「傑作の森」と称するにふさわしいのではないか. 各曲の主題はいずれも個性的で魅力があり, その主題を展開する手法にもまったく無駄がない. 音楽全体が, 聴く者を最後まで惹きつけて離さない強い推進力を内包しているのである.
 
 特に
5交響曲 第 9 番 ニ短調』(1824)は, 彼の交響曲の集大成と言えよう. 器楽と声楽の融合により人類の理想を謳った彼の音楽性の極致を示す作品であり, いくつかの動機を有機的に組み合せた緻密な楽曲構成については非の打ちどころがない. 何といってもその音楽の美しさ! 第 2 楽章のトリオや第 4 楽章の弦楽合奏による有名な主題の提示は天界の高雅な気品にあふれた美的調和そのものであり, 彼の創作した音楽の中でも屈指の名作と言えよう.
 
 この曲は, わが国では「第九」と称して年末によく演奏される. 私自身もこれを初めて聴いた小学校低学年のころ以来, 年末に 1 回だけこの曲を聴くことにしている. そのためか, この曲を聴くたびに子供の頃の正月を待ちわびた年末の感慨を懐かしく想い起こすのである.
 

 
ロマン派の音楽
メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn Bartholdy, 1809-1847, ドイツ)
 子供の頃に聴き始めて現在にいたるまで好んで聴く音楽の一つに, メンデルスゾーンの 6ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』(1844)がある. 各楽章に現れる叙情性に富んだ親しみやすい旋律に惹かれるのは聴く者だけではない. ヴァイオリンという楽器を非常に効果的に響かせるその書法は, 奏者にとっても演奏意欲を強く抱かせるものである. あまたのヴァイオリン協奏曲の中でも演奏頻度の高い人気作品であるという事実にもうなずけるであろう.
 
 第 1 楽章の冒頭部, 短い序奏の後に現れる哀愁感ただよう第 1 主題は, 聴く者を一瞬にして彼の音楽的地平に取り込んでしまう. それに続く甘くせつない第 2 主題, その旋律と和声がもつ流暢な情感の麗しさ…….
 
 メンデルスゾーンの作品は純真で素直なものが多く, 初めて聴く者の心にも豊かな潤いを与えてくれる. そのような作品を生み出した背景には, 彼の比較的幸福であった生涯がある. 裕福で学識ある家系に生まれ育ち, 作曲の才能のみならず数ヶ国語の語学を操ったうえに絵画もたしなむなど多才な能力を示した彼は, 指揮者としても活躍したのであった. 実際, 弱冠 20 歳でバッハの『マタイ受難曲』を復活上演したという輝かしい功績がある.
 
 彼のバッハに対する傾倒は相当なもので, その影響は,《
讃歌》(1846)や《ラウダ・シオン》(1846)などの優れた声楽曲にも現れている. 中でも, 2 つのオラトリオ聖パウロ》(1836)と《エリア》(1845)は, メンデルスゾーンの敬虔な信仰心と深淵な精神性がうかがえる傑作として特筆してよい.
 
 また, 3 楽章からなるシンフォニアおよび 9 曲の声楽曲からなる『
交響曲 第 2 番 変ロ長調讃歌》』(1840)は, 彼の交響曲の中ではもっとも優れた作品であろう. 歌詞の多くは詩篇から採られ, 神への讃美と感謝が声たかだかに歌われる. ルター(Martin Luther)によるコラールを用いた『交響曲 第 5 番 ニ短調宗教改革》』(1830)も, 彼の敬虔なキリスト教信者であったことを窺わせる逸品である.
 
 一般に, わが国では, 『
序曲真夏の夜の夢》』(1826),『交響曲 第 3 番 イ短調スコットランド》』(1842),『交響曲 第 4 番 イ長調イタリア》』(1830)などが『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』に続く人気曲になっている. 印象的で情緒あふれる旋律, 安定した管弦楽技法による鮮やかな色彩感などを想えば, これらも大いに魅力ある作品であることは間違いない.
 

 
ショパン(Frédéric François Chopin, 1810-1849, ポーランド)
 そのメンデルスゾーンと 一歳違いで生まれたのがショパンである. ショパン, ……彼のピアノ作品は, 今なお世界中のどれほど多くの人々の心を魅了しつづけていることであろう. 私自身, ピアノ愛好家として彼の作品の多くを弾いてきたし, 弾かずとも聴くだけで充分に心が満たされてきた. ピアノ作品の新たな分野を確立したのみならず, いずれの分野においてもピアノの技巧の可能性を極限まで追窮した稀有な作曲家であった.
 
 『
ノクターン』,『マズルカ』,『ワルツ』,『前奏曲』をはじめ,《幻想即興曲》(1834)を含む『即興曲』などは, 私自身, 小中学生時代に楽しんで弾いた曲集であったし,《軍隊》(1838),《英雄》(1843),《幻想》(1846)などを含む『ポロネーズ』は, 『子守歌 変ニ長調』(1844),『舟歌 嬰ヘ長調』(1846)などと合わせて高校生時代の私が特に好んで弾いた曲であった.
 
 『
練習曲』(作品 10(1839), 作品 25(1837))も単なる「練習曲」という枠組には到底おさまらない高い芸術性を誇る作品群である. 特に, 作品 10 の『第 1 番 ハ長調』,『第 3 番 ホ長調別れの曲》』,『第 4 番 嬰ハ短調』,『第 5 番 変ト長調』,『第 7 番 ハ長調』,『第 10 番 変イ長調』,『第 12 番 ハ短調革命》』, 作品 25 の『第 6 番 嬰ト短調』,『第 8 番 変ニ長調』,『第 12 番 ハ短調』などは, 私自身も特に好んで弾く曲である.
 
 また, 4 曲ずつ存在する『
バラード』と『スケルツォ』は, ショパンのピアノ作品の中でも傑作中の傑作である.「彼のピアノ曲における代表作は」と問われたならば,『バラード 第 3 番 変イ長調』(1841),『バラード 第 4 番 ヘ短調』(1842),『スケルツォ 第 3 番 嬰ハ短調』(1839),『スケルツォ 第 4 番 ホ長調』(1843)の 4 曲をただちに挙げる. 弾くたび聴くたび, その洗練された優雅な音楽に深く魅了されずにはいられない.
 
 そして『
ピアノ・ソナタ 第 2 番 変ロ短調』(1837)と『ピアノ・ソナタ 第 3 番 ロ短調』(1844)のピアノにおける技巧の限りを尽くした豪華絢爛な響き! 前例がないのみならず, 芸術性の深さにおいて後世の作曲家の追随を許さぬ至高の域にまで到達している.
 
 ほぼピアノ曲しか書いていないショパンであるが, 管弦楽を伴うピアノ協奏曲に最高傑作がある.
7ピアノ協奏曲 第 1 番 ホ短調』(1830),『ピアノ協奏曲 第 2 番 ヘ短調』(1830)は, いずれもショパンが 20 歳前後のときの作品で, その豪奢なピアノ書法と旋律や和声の端麗な清らかさは, 他の追随を許さないレヴェルのものである.
 
 一般に, 彼の管弦楽曲はオーケストレーションが未熟であると言われる. しかし, これほどの名曲であればそれらの指摘は採るにたりない些事であろう. もとより, 彼はピアノ専門の作曲家であった. モーツァルトやベートーヴェンがオーケストラでも演奏できる(あるいはオーケストラの方が効果的に演奏できる)ようなピアノ曲を書いたのに対し, ショパンはピアノでなければ演奏できないような「もっともピアノ曲らしいピアノ曲」を書いたのである.
 

 
シューマン(Robert Alexander Schumann, 1810-1856, ドイツ)
 ショパンと同年に生まれたシューマンも, ドイツ・ロマン派の流れを汲む情緒豊かなピアノ作品を数多く残した作曲家であった.
 
 《
パピヨン》(1830),『謝肉祭』(1835), 『幻想小曲集』(1837),《子供の情景》(1838),『子供のためのアルバム』(1848),《森の情景》(1849)などのピアノ曲は, 私自身, 子供の頃に好んで弾いたり聴いたりした懐かしい音楽である. また,『トッカータ』(1832)や『交響的練習曲』(1837),『クライスレリアーナ』(1838)や『ピアノ・ソナタ 第 2 番 ト短調』(1838)や『幻想曲』(1839)も, 華やかなロマンティシズムがただよう叙情的な作品と言えよう.
 
 彼は, ショパンがほとんど書かなかった歌曲の分野でも高い評価を得た.『
リーダークライス』(1840),《ミルテの花》(1840),《女の愛と生涯》(1840),《詩人の恋》(1840)などの有名な歌曲は, クララ(Clara Schumann)と結婚した 1840 年に集中的に書かれている. これらの歌曲に関する限り, 彼女の存在が創作意欲の源となっていたことは疑いがない.
 
 とはいえ, ショパンとシューマンを比較すると, 同じロマン派の作曲家でありながら, その作風(才能)の質には格段の差異を感ずることも事実である. ショパンの音楽は, 心に深く染みわたる情景を風情豊かに表現した叙情詩, シューマンの音楽は, ありふれた日常を平凡につづったエッセイ, とでも形容できようか.
 
 一般に, シューマンも(ショパンと同様)オーケストレーションが未熟であると言われる. シューマンの場合, 音楽自体にショパンのような変幻自在の豊穣な魅力に欠けるため, これは致命傷であろう. 実際, 彼の交響曲や管弦楽曲は, よほどの優れた演奏でなければ平凡で退屈な音楽になってしまう. 吉田秀和氏の言葉を借りれば, 彼の音楽には「ベートーヴェン流の力動的構成感がない」のである.
 
 あまりけなすとシューマンびいきの人に叱られそうであるから,
8ピアノ協奏曲 イ短調』(1845)を挙げて先へ進むことにしよう. 旋律や和声などは特に個性的というわけではないが, 楽曲構成に過不足がなく, ピアノと管弦楽が双方を引き立てつつ音楽をよどみなく聴かせるという点で, 彼の作品の中では比較的よくできていると思う. 協奏曲では, 他に『チェロ協奏曲 イ短調』(1850)が有名であるが, 私自身はむしろ『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』(1853)にただよう哀愁感と郷愁性を好んで聴く. 
 

 
ブラームス(Johannes Brahms, 1833-1897, ドイツ)
 そのシューマンに才能を見出され, やがてドイツにおけるベートーヴェン以来の巨匠となったのがブラームスである.
 
 ブラームスの作品からは, まず最初に
9ドイツ・レクイエム』(1868)を選んでおこう. 数あるレクイエムの中でも完成度の高い屈指の名作である. 通常はラテン語で書かれるレクイエムが, ここではルター訳の聖書に基いたドイツ語の歌詞で書かれている. おそらく, 彼が尊敬していたシューマンの『ミニョンのためのレクイエム』がモデルになっているのであろう. 実際, この曲はシューマンの死とブラームス自身の母親の死を契機として作曲されているのである.
 
 『
ドイツ・レクイエム』の魅力は, ブラームスによる聖句の選択とそれにふさわしい堅固な楽曲構成にある. のみならず, 私自身は, 幼少の頃から聴いてきた懐かしさと相まって人間の境涯を髣髴とさせる深みのある音楽性に強く惹かれる. ライスター(Karl Leister)が述べるように,「人生における苦悩に深い慰めを与え, 静かな浄福の境地へ導いてくれる」のである.
 
 ブラームスは, ベートーヴェンの交響曲に匹敵するものが書けるようになるまでは交響曲を書かないと公言していた. その慎重さは,「石橋を叩いて渡る」どころか「叩くだけ叩いて渡らない」あるいは「叩きすぎて壊してしまう」とも言われていた. 彼は, 最初の交響曲を作曲するのに実に 20 年以上もの歳月を費やしている!
 
 ビューロー(Hans von Bülow)は,『
交響曲 第 1 番 ハ短調』(1876)を, ベートーヴェンの『第九』に継ぐ作品という意味で『第十』と称した. 1989 年に逝去した芥川也寸志氏は, 亡くなる直前の病床で「もう一度ブラームスの第 1 交響曲を聴きたい」と呟いたという. その心境はよく理解できる. 先述したライスターの言葉がすべてを物語っていよう.
 
 『
交響曲 第 2 番 ニ長調』(1877)の豊かな叙情性と明朗な開放感,『交響曲 第 3 番 ヘ短調』(1883)の老境に達した彼の晦渋さと哀愁ただよう孤独感も魅力であるが, それ以上に, 10交響曲 第 4 番 ホ短調』(1885)における悟りと諦念の境地と心の奥底に秘められた魂の悲痛な叫びは聴く者に鮮烈な衝撃を与えるであろう.
 
 ショパンがもっともピアノ曲らしいピアノ曲を書いたのと同様, ブラームスはもっとも交響曲らしい交響曲を書いた. ブラームスの交響曲こそ「真の交響曲」と称するにふさわしい. にもかかわらず, 彼はわずか 4 曲しか交響曲を書き残さなかった.「 4 曲, なぜ 4 曲なんだ. 10 曲もあればよいのに」というサヴァリッシュ(Wolfgang Sawallisch)の悲痛な嘆きは, 多くの人々の共感を誘うであろう.
 
 ピアノの技法に熟達していたブラームスは,『
ピアノ・ソナタ 第 3 番 ヘ短調』(1853)をはじめ, 優れたピアノ作品を残した. 晩年に書かれた『 3 つの間奏曲』(1892)や『 6 つの小品』(1893), あるいは室内楽曲『クラリネット五重奏曲 ロ短調』(1891)に見られる孤独感や寂寥感は, 聴く者の心を強く揺さぶる音楽である.
 
 管弦楽曲の中では『
ハイドンの主題による変奏曲』(1873)が特にすばらしい. 柔軟な変奏の技術や管弦楽法の巧みさもさることながら, この曲のもつ高貴な輝きこそブラームスの真骨頂と言えよう. また, 協奏曲には, 私自身が小学校 4 年生の頃にお気に入りであった『ピアノ協奏曲 第 1 番 ニ短調』(1857)をはじめ,『ピアノ協奏曲 第 2 番 変ロ長調』(1881)や『ヴァイオリン協奏曲 ニ長調』(1878)などの名作がある.
 

 
ブルックナー(Anton Bruckner, 1824-1896, オーストリア)
 ブラームスと同じロマン派の交響曲作曲家ブルックナーは, ブラームスとは対照的に, 自由奔放・明朗快活で長大な交響曲を(番号が付いているものだけでも)9 曲書いている. とはいえ, 作曲活動が順調であったわけではなく, 演奏を拒否されたり酷評されたりした作品も多かったため, 同一曲の改訂稿も少なくない.
 
 ブルックナーの交響曲には, 少し聴けばすぐに彼の作品であると分かるような明確な特徴がある. ノスタルジックな和声をはじめ, 随所に散りばめられた弦楽器のトレモロの持続や 4 分音符 2 拍分の直後の 4 分音符の 3 連符, 同一音型の執拗な反復, 全奏者によるユニゾンや全休止や頻繁な転調など……. 各曲のスコアを見ればこれらの特徴はたちどころに見出せよう.
 
 彼の前期の交響曲でもっとも有名なものは
11交響曲 第 4 番 変ホ長調ロマンティック》』(1874, 1888)であろう. 私がこの曲をよく聴いていたのは小学校 4 年生か 5 年生の頃である. 第 1 楽章に対しては「さわやかな朝の高原」, 第 2 楽章に対しては「真夏の森のけだるさ」, 第 3 楽章に対しては「遙か彼方にそびえる山並」, 第 4 楽章に対しては「中世の壮大な建築物」を想像しながら聴いていたことを想い出す.
 
 後期の「三大交響曲」は, それぞれが大変に魅力的な作品である.『
交響曲 第 7 番 ホ長調』(1883, 1885)は, ブルックナーの作曲家としての地位を確立した作品であり, わが国でも演奏頻度が高い. また, 荘重で厭世的, 天国を夢見るような『交響曲 第 9 番 ニ短調』(1894)も, (未完成ながらも)彼の交響曲の集大成として価値の高い作品である.
 
 その中で私が特に好んで聴くのは
12交響曲 第 8 番 ハ短調』(1887, 1890)である. 父親が所有していた「ウィーン・ブルックナー協会」版のスコアを手にしてこれを聴き込んだのは中学校 1 年生時の夏休みであった. 特に第 2 楽章のスケルツォを好み, これを聴くたびに, 将来への期待や希望, あるいはオーストリアをはじめとするまだ見ぬ西欧諸国への淡い憧憬を抱いたものである.
 
 敬虔なカトリック信者でオルガニストであった彼は, 後期ロマン派における宗教音楽の傑作『
テ・デウム』(1884)をはじめ, 声楽曲の分野において数多くの名曲を書き残している. モーツァルトの影響が濃厚な『レクイエム ニ短調』(1848, 1892)や, 彼の信仰告白ともいえる『ミサ曲 第 2 番 ホ短調』(1866)および『ミサ曲 第 3 番 ヘ短調』(1868), 晩年に書かれた神々しい讃美歌『詩篇 第 150 篇』(1892)など……. 心身に疲れをおぼえるときにこれらの音楽に耳を傾ければ, 次第に精神が高揚して力強い回復を与えられるのである.
 

 
マーラー(Gustav Mahler, 1860-1911, オーストリア)
 ブルックナーと同様, オーストリアの交響曲作曲家として活躍したマーラーは, ブルックナーの長大な交響曲をさらに発展させる形で受け継いだ. 生前の彼は作曲家としてよりもむしろ指揮者として活躍したため, 作品数は少ない. 10 曲の交響曲(10 番目は未完成)と 2 つの声楽曲, 5 つの歌曲集, それに室内楽曲が 1 曲あるだけである.
 
 マーラー自身の作詩による初期の大規模な声楽作品『
カンタータ嘆きの歌》』(1880, 1899)は, マーラー自身の作詩による初期の大規模な声楽作品である. ウィーンの作曲コンクール「ベートーヴェン賞」の応募作として作曲されたが, 審査員であったブラームスに「斬新すぎる」と評され, 賞を逃してしまった.
 
 同じく大規模な声楽曲に,『
交響曲大地の歌》』(1908)がある. 彼は, 8 番目の交響曲の後に作曲されたこの曲に「第 9 交響曲」と銘打つことを躊躇した. ベートーヴェンにせよブルックナーにせよドヴォルザーク(Anton Dvořák)にせよ, 9 番目の交響曲を最後に世を去っているからである. 彼の場合, この曲の作曲後, 静謐で深遠な『交響曲 第 9 番』(1909)を短期間で仕上げ, ただちに「第 10 交響曲」の作曲に取りかかったのであったが, 結局は皮肉にもこれを完成できずに世を去ってしまったのであった.
 
 歌曲集の中では《
子供の不思議な角笛》(1898)と《亡き子を偲ぶ歌》(1904)が有名であるが,《さすらう若人の歌》(1885, 1896)や『リュッケルトの詩による 5 つの歌曲』(1902)の「神聖なる」とでも称すべき気高い美しさも大変に魅力的である.
 
 私とマーラーの音楽との出会いは小学校 5 年生の頃で, 音楽之友社版のスコアを入手して
13交響曲 第 3 番 ニ短調』(1896)を聴き込んだことに始まる. 演奏時間にして 30 分を超える長大な第 1 楽章をはじめ, アルト独唱を含む第 4 楽章の深遠かつ神秘的な響き, 児童合唱を含む第 5 楽章の純真な溌剌さに魅力を感ずる. ヴィスコンティ(Luchino Visconti)監督の映画『ヴェニスに死す』(1971)において, この曲の第 4 楽章が(映画中盤で)ただ一ヶ所だけ用いられているのを初めて聴いたときは, そのみごとな演出効果に鳥肌が立つほどの感動をおぼえたものであった.
 
 『
交響曲 第 1 番 ニ長調巨人》』(1888, 1896)や『交響曲 第 5 番 嬰ハ短調』(1902)は, 彼の交響曲の中では演奏頻度の高い親しみやすい作品であろう. 特に, 後者における第 4 楽章の静謐な美しさ(先述した『ヴェニスに死す』全般でこれまた効果的に用いられる)や, 第 5 楽章のさわやかな明朗闊達ぶり(ブラームスの『第 2 交響曲』をはるかに凌駕する豊穣な響き)が聴きどころであろう.
 
 『
交響曲 第 2 番 ハ短調復活》』(1894)は, 第 5 楽章の比類ない高貴な精神性が圧巻である. ヴァルター(Bruno Walter)による「神秘的な翼の歌における緊張感, その後に続く「汝蘇らん」に至る折の深い感動」なる讃辞は, この曲を好んで聴く私にとっては決しておおげさな表現とは思われない. また,『交響曲 第 4 番 ト長調』(1900)の軽妙かつ清澄な響き, 特に第 4 楽章のソプラノ独唱による音楽は誠に美しく,『第 3 番』のような大作の後でこのようなすがすがしい音楽を響かせるマーラーの手腕に脱帽させられる.
 
 カウベルやハンマーなど特殊打楽器を含む巨大な 5 管編成をもって書かれた『
交響曲 第 6 番 イ短調悲劇的》』(1904), マンドリンを用いた眩惑的な第 4 楽章をもつ『交響曲 第 7 番 ホ短調夜の歌》』(1905)などにも, 彼独得の音楽世界の魅力が凝縮されている.
 
 とはいえ, マーラーの交響曲の真骨頂はやはり
14交響曲 第 8 番 変ホ長調一千人の交響曲》』(1907)にある. 彼自身,「これまでの交響曲はこの曲の序曲にすぎない」と言いきっており, 私自身も, この曲を初めて聴いた高校 1 年生時の衝撃と感動は忘れられない. 5 管編成の管弦楽にパイプオルガンを加え, 独唱者 8 人, 2 群の混声四部合唱と児童合唱とをもって, 冒頭部から圧巻の響きが放たれる音楽である.
 
 マーラーは, 自身の指揮によるこの曲の初演後, 1 年も経たずに 50 歳で世を去ってしまった. 第一部における豪華絢爛な讃美の音楽から一転, 第二部冒頭部における沈思黙考の音楽を耳にするたびに, 妻アルマや友人との関係に悩みつつ神経性の強迫観念や孤独感を募らせながら心臓病で死去したマーラーの生涯について種々の想いを馳せることになるのである.  
 

 
ヴェルディ(Giuseppe Verdi, 1813-1901, イタリア)
 他のロマン派の作曲家, すなわち, ヴェーバー(Carl Maria von Weber), シューベルト(Franz Schubert), リスト(Franz Liszt)を割愛して, 次は, イタリアのオペラ作曲家ヴェルディについて書こう. 同じくイタリアのオペラ作曲家として知られるロッシーニ(Gioachino Rossini), ドニゼッティ(Gaetano Donizetti), ベッリーニ(Vincenzo Bellini), マスカーニ(Pietro Mascagni), プッチーニ(Giacomo Puccini)も別の機会に譲ることにしたい.
 
 ヴェルディが作曲したものはほとんどがオペラであると言ってもよいほどオペラの数が多い. 有名なものだけに限ってみても,《
ナブッコ》(1842),《マクベス》(1847),《トロヴァトーレ》(1853),《椿姫》(1853),《シチリア島の夕べの祈り》(1855),《仮面舞踏会》(1859),《運命の力》(1862),《ドン・カルロ》(1867),《アイーダ》(1871),《オテロ》(1887),《ファルスタッフ》(1893)など…….
 
 これらの作品のすべてが現在においても世界中の歌劇場で重要なレパートリーを占めているという事実には, 目を見張るものがある. とはいえ, 彼の作品の多くは旋律や和声が単純でオーケストレーションも保守的である. けだし, 彼の音楽の魅力は, 音楽や管弦楽ではなく声楽の扱いにある. 単純な和声や管弦楽を施したのは, 登場人物の性格に合わせた声楽の効果を最大限に発揮するためであろう.
 
 《
トロヴァトーレ》,《仮面舞踏会》,《アイーダ》,《オテロ》などは, 音楽自体の魅力というよりも悲恋や復讐を主題とした内容に自然な流れを特徴とした, ドラマティックな変化が豊富なオペラである. 観衆を惹き込むゆえんであろう.
 
 私がもっとも好んで聴くのは
15リゴレット》(1851)である. 醜いが誇り高い道化師リゴレットとその娘ジルダを襲う悲劇で, 内容は重く暗いものであるが, 各登場人物の特徴的な性格を描き分け, そこに展開される駆け引きを絶妙な緩急をつけて推進していくあたりに, オペラとしての魅力が濃厚に凝縮されている. 第 1 幕の「あれかこれか」や第 3 幕の「女心の歌」など有名な独唱アリアに加え, 場面ごとの効果的な重唱アリアも聴衆の心に強く印象づけられるものである.
 
 オペラ以外の作品では, 情熱的なエネルギーに満ちた『
レクイエム』(1873)や, 世俗を離れた美しさをもつ『聖歌四篇』(1895)の演奏頻度が高い. 前者は, そのオペラを想わせる劇的な演奏効果という点で他の作曲家のレクイエムに比べて異彩を放っているように思う.
 

 
北欧の音楽
グリーグ(Edvard Grieg, 1843-1907, ノルウェー)
 実を言えば, 私はグリーグの音楽をそれほど好んで聴くわけではない. 作品は親しみやすい叙情性を備えてはいるが, それはありふれた俗っぽさと隣り合わせのものであって, きわだった個性や強く惹かれる魅力に乏しい. ここでは, 小学校 4 年生の頃によく聴いていた 16ピアノ協奏曲 イ短調』(1868)を挙げるために彼の名を出したにすぎない.
 
 比較すればすぐに分かることであるが, この曲はシューマンの『ピアノ協奏曲 イ短調』を彷彿とさせるものであり, この曲に関する限りグリーグがシューマンの影響下にあったことは明白である. 吉田秀和氏はグリーグをシューマンの「亜流」と評しているが, 私自身はグリーグの方を好んで聴く.
 
 特に第 2 楽章や第 3 楽章の第 2 主題における叙情性, ハーモニーの美しさ! ……聴くたびに北欧の色鮮やかな自然風景が叙情詩のように眼前に描かれる. この曲を聴いたり弾いたりした小学生の頃のノスタルジーも重なって, 私にとっては感慨深い音楽なのである.
 
 ピアノ曲では, 小中学生の頃によく弾いた『
叙情小曲集』(1867-1903)の中の『ワルツ』(Op.12-2),《蝶々》(Op.43-1),《春に寄す》(Op.43-6),《小人の行進》(Op.54-3),《郷愁》(Op.57-6)などが懐かしい.
 
 『
交響的舞曲』(1898, 原曲はピアノ連弾曲)や劇音楽《ペール・ギュント》(1875, 1902)などは, グリーグの個性がいくらか色濃く出ていて(彼の作品の中では)名作と言えよう. また, バロック風の組曲《ホルベアの時代から》(1885, 原曲はピアノ曲)も, わが国では頻繁に演奏される人気曲になっている.  
 

 
シベリウス(Jean Sibelius, 1865-1957, フィンランド)
 同じ北欧のシベリウスも, これを好んで聴いていた父親の影響で私が小学生時代からその音楽を耳にしている作曲家である. 20 世紀を挟んで活躍した彼の音楽は同時代に流行していた前衛性とは一線を画し, 教会旋法(ドリア・エオリア等)を用いた単純で素朴な民族音楽的な作風が特徴である. グリーグと同様シベリウスにも声楽やピアノのための小品が数多く存在するが, 聴くべきはやはり管弦楽作品であろう.
 
 彼をフィンランドの国民的作曲家にならしめた,
交響詩フィンランディア》(1899)が特に有名であるが, その前に作曲された《伝説》(1892)も彼の若々しい情熱があふれた傑作である. フィンランドの叙事詩『カレワラ』から題材を得た《トゥオネラの白鳥》を含む『 4 つの伝説』(1893, 1897)や《ポホヨラの娘》(1906)などもよく知られている.
 
 ピアノ曲の楽譜を見る限り, 彼がピアノにはそれほど習熟していなかったことは明白である. その一方, ヴァイオリンの技術に長けていたシベリウスは, 名作『
ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』(1903, 1905)を書き残した. 難度の高い技巧を要求されるためか, その美しい和声や旋律にもかかわらず初演時の評判は思わしくなかったらしい.
 
 交響曲については, わが国で演奏機会の多い『
交響曲 第 1 番 ホ短調』(1899)や 17交響曲 第 2 番 ニ長調』(1901)は, 朴訥でノスタルジックな楽句が数多く含まれた魅力的な作品である. この『第 2 番』は小学校 6 年生時の私のお気に入りの曲で, 当時入手したブライトコップフ(Breitkopf & Härtel)版のスコア(当時は深緑色の表紙をもった品質の悪い装丁で, すぐにボロボロに崩れてしまった)をもって相当に聴き込んだ記憶がある.
 
 また,『
交響曲 第 3 番 ハ長調』(1907)や『交響曲 第 5 番 変ホ長調』(1915)も心から解放されるようなすがすがしさや祝賀的雰囲気をもつ. 特に前者は, 小学校 6 年生時に私が好んで聴いていた懐かしい音楽である. 一方,『交響曲 第 6 番 ニ短調』(1923)の控えめな寂寥感は, 彼の他の交響曲にはない独得の世界観を見せてくれる.
 
 また, 一般にはほとんど知られていないが,『
交響曲 第 1 番』の前に,『カレワラ』から題材を得た大規模な声楽つきの 18クレルヴォ交響曲』(1892)が作曲されている. 私がこの曲を聴き始めた小学校 5 年生当時, 番号つきの交響曲は(山野楽器銀座店に行けば)国外版のスコアを入手できたが, この曲だけはブライトコップフ版の手書きスコア(しかもなぜか第 3 楽章のみ)しか輸入されていなかった. そのため, 他の楽章についてはレコードを聴きながら五線紙に採譜して自家製のスコアを作成したおぼえがある. 私にとっては懐かしい想い出である. 
 

 
ニールセン(Carl Nielsen, 1865-1931, デンマーク)
 シベリウスと同年に生まれたニールセンの作品は, わが国ではなぜかほとんど演奏されない. リストやグリーグの影響を受け, デンマークの民族的な様式の後期ロマンティシズムを中心とする彼の音楽は, 時には現代的な斬新な響きを含み, 楽曲形式も変化に富んでいる.
 
 みずみずしい叙情性にあふれた『
ヴァイオリン協奏曲』(1911), 風変りな編成と曲調で独特の世界観をもつ『クラリネット協奏曲』(1928)も魅力的であるが, 室内楽風の端整で美しい響きに満ちた『フルート協奏曲』(1926)を私はもっとも好んで聴く. また, 室内楽曲では『木管五重奏曲』(1922)の新古典主義風の洒落た響きが印象的である.
 
 ニールセンといえば, わが国ではもっぱら『
交響曲 第 4 番不滅》』(1916)の作曲者として有名である. 交響曲としては一貫した調性は採られてはいないものの, 各部分が劇的に作られており, 大変に魅力的な音楽であることは間違いない.
 
 ドイツの後期古典派またはロマン派を想わせる(特にブラームスの影響が色濃い)『
交響曲 第 3 番』(1911)までの 3 曲の交響曲は, 比較的親しみやすい音楽である. ニールセンらしいハーモニーが聴けるのは『第 3 番』の第 2 楽章(バリトンおよびソプラノのヴォカリーズ)であろうか.
 
 ところで, 私が特に好んで聴く『
交響曲 第 5 番』(1922)および『交響曲 第 6 番』(1925)は, 聴く者に鮮烈な印象を与えるであろう. 前者の第 1 楽章冒頭部の寂寥感, その後に始まる小太鼓の力強いリズムやアドリブ奏法, 中間部における雄大で温かみのある牧歌的な美しいアダージョは, 大変に魅力的である. また, 後者における打楽器や管楽器による洒脱なアンサンブルは, バルトーク(Bartók Béla)の『管弦楽の為の協奏曲』のモデルとも考えられる新鮮な響きを伴うものであり, ニールセンの作品の中でも特に個性的な作品と言えよう.
 
 彼の音楽の中で私が懐かしさをもって聴くのは, 劇付随音楽
19アラディン》(1919)である. 7 曲を抜粋した組曲版も存在するのであるが, やはり 5 幕 31 曲からなる全曲版を聴くべきであろう. 
 
 第 2 幕における「イスパハンの市場」(スコア上では 別々に記譜された 3 種類の楽譜が同時に演奏される)や「遠方の祭の音楽」(全曲を通じて属七の和音に終始)や「ギュリナーラとアラディン」, 第 3 幕の「東洋の祭の行進」や「ヒンドゥーの踊り」の中間部の牧歌,「踊りと合唱」(イ長調のハーモニーの中で展開されるフーガが大変に美しい), さらには第 5 幕の終曲「讃歌」等々, エキゾティックでファンタジーの香り豊かな音楽が大変におもしろい.  
 

 
ロシアの近代音楽 
ムソルグスキー(Modest Mussorgsky, 1839-1881, ロシア)
 さて, 次はロシアの作曲家に目を向けよう. ロシアには, グリンカ(Mikhail Glinka), ボロディン(Alexander Borodin), バレキレフ(Mily Balakirev), グラズノフ(Aleksandr Glazunov), カリンニコフ(Vasily Kalinnikov)などの優れた作曲家が数多く存在する. しかし, これらの作曲家については別の機会に譲るとして, ここではムソルグスキーから始めることにしよう.
 
 彼は国民楽派「ロシア 5 人組」の一員で, 和声の常識を大胆に超えたリアリズム芸術を完成してフランス近代音楽にも多大な影響を与えた作曲家であった. 貧しい官吏であった彼は, 次第に飲酒癖による放漫な生活に陥ってしまった. ピアノ曲や歌曲などの小品はともかく, オペラのような大作については, 《
ホヴァンシチナ》(1872)や《ソロシンスクの定期市》(1880)など未完成の作品も多い. 管弦楽作品のいくつかがリムスキー=コルサコフ(後述)など他の作曲家によって補作編曲されているゆえんである.
 
 彼の最高傑作は, やはり歌劇
20ボリス・ゴドゥノフ》(1872)であろう. プーシキン(Alexander Pushkin)による歴史詩を題材にロシアの動乱時代を描いたオペラで, 物語の魅力に加え, 各情景と人物の心理をみごとに表現した含蓄ある傑作である.
 
 一般には, リムスキー=コルサコフによる再構成版の方が有名であるが, ムソルグスキー自身のオリジナル版の方を, 私は好んで聴く. 1994 年の 9 月にアバド(Claudio Abbado)とヴィーン国立歌劇場の来日公演によって感激をもって観たこのオペラは, 嬉しいことにオリジナル版での上演であった.

 彼の作品で特に知名度が高いのは,
交響詩禿山の一夜》(1867)と組曲 21展覧会の絵》(1874)であろう. 前者については, やはりムソルグスキーのオリジナル版よりもリムスキー=コルサコフ編曲版の方が演奏頻度は圧倒的に高い.
 
 《
展覧会の絵》についても, オリジナル版よりもラヴェル(後述)の管弦楽編曲版の方がはるかに有名であるが, これは原曲が未完成であったゆえではない. 完成はされていたのであるが, リムスキー=コルサコフが遺稿を発見して出版するまで世に知られていない作品であった. クーセヴィツキー(Sergei Koussevizky)の委嘱によるラヴェル編曲版の発表によって, たちまち世界中に知れわたることになったわけである.
 
 私が小学校 1 年生の頃, 父親の知人からこの曲の原典版であるピアノの楽譜を譲り受け, ラヴェル編曲の管弦楽版(ワールト(Edo de Waart)指揮, ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団, 1973)の演奏でこの曲を聴き込んだ. 当時はスコアというものを知らず, この単純なピアノ用の大譜表からなぜあのような豪奢なオーケストラの音が鳴り響くのか, 実に不思議に感じたものであった. 後にスコアの存在を知り, ただちに山野楽器銀座店に飛び込んでブージー&ホークス社(Boosey & Hawkes)版のスコアを入手した小学校 4 年生時の感激は今でも忘れない.
 
 ところで, ワールト & ロッテルダム・フィルの演奏は, オーボエに長けたワールトらしく木管楽器の扱い方が巧みで, スコアを入手した後でも首を傾げたくなるような不思議な響きを聴かせる印象的な演奏であった. もちろん, 弦楽器のハーモニクスや打楽器の効果的な用法をはじめとするラヴェルの優れた管弦楽法の手腕が影響していることは疑いがない. 実際, ストコフスキー(Leopold Stokowski)やアシュケナージ(Vladimir Ashkenazy)などによる管弦楽編曲版は, ラヴェルの管弦楽法の卓越ぶりを再認識させてくれたにすぎない. 
 

 
リムスキー=コルサコフ(Nikolai Rimsky-Korsakov, 1844-1908, ロシア)
 ムソルグスキーと同様「ロシア 5 人組」の一人であるリムスキー=コルサコフは, 管弦楽法の大家として知られている. ムソルグスキーやボロディンの未完成作品の多くを補作編曲したゆえんであり, グラズノフやストラヴィンスキー(後述)などの師として知られるゆえんでもある.
 
 とはいえ, 彼自身は正式にアカデミックな音楽教育を受けたわけではなく, 5 人組のメンバーであるバラキレフにいくらか教えを受けた程度で, 楽器も正式に学んだことはなかったらしい.
 
 実際, 彼の『
交響曲 第 1 番』(1865, 1884)や『ピアノ協奏曲』(1883)は, 変ホ短調や嬰ハ短調という, 管弦楽には不向きの調性がとられている. 後者におけるピアノ独奏の大部分は, 単純なハーモニーの羅列ともいえるアルペッジョ, あるいは実質はモノフォニーにすぎないオクターヴ・ユニゾンである. ここには,「内容の薄い単調性をカムフラージュするための過度の装飾」が見られ, その意味で, リストからの影響が色濃く表れていると言えよう.
 
 ところがその数年後の管弦楽作品《
スペイン綺想曲》(1887)や序曲ロシアの復活祭》(1888)になると, 管弦楽法上の技術は格段に向上し, 内容的にも表情豊かな音楽性を内包するようになる. スコアを見れば, 各楽器の性能が実によく機能していること, しかもそれらが管弦楽として全体的にもよくブレンドされた優れた効果を挙げていることに驚かされるのである. 特に前者はスペイン独得のリズム感や鮮やかな色彩感が豊かで, 後年のファリャ(後述)の作品を彷彿とさせる.
 
 これらの作品と同時期に書かれた彼の代表作
22交響組曲シェエラザード》』(1888)は, オリエンタリズムの情趣にあふれ, 楽曲構造や管弦楽法などの点からも実にすばらしい出来ばえである. 第 1 楽章冒頭のヴァイオリン・ソロから聴く者を一気に惹き込み, 波のうねりに乗って航海する情景が写実的心象的の双方の面から描かれるその音楽は, 各主題が流れるように有機的に連結し, 時間を忘れて聴き惚れさせる魅力に富んでいる.
 
 私がこの曲に出会ったのは, 小学校 4 年生の頃であった. 体調不良で学校を数日間にわたって欠席したことがあり, 病床に伏しつつ, 父親が所有していたスコアを見ながらこの曲を繰り返し聴いた記憶がある.
 
 また, リムスキー=コルサコフにはオペラもいくつか存在する. 有名なものとしては, 有名な『
熊蜂の飛行』を含む《皇帝サルタンの物語》(1900)や, 彼の最後のオペラである《金鶏》(1907)であるが, その中では変幻自在な色彩感で聴く者を魅了する《サドコ》(1869)も忘れてはなるまい. 一般にはほとんど知られていないが,《クリスマス・イヴ》(1895)から編まれた組曲も, 華麗な響きを聴かせる名作と言えよう.
 

 
チャイコフスキー(Peter Tchaikovsky, 1840-1893, ロシア)
 チャイコフスキーは,「ロシア 5 人組」がもつアマチュアリズムとは一線を画し, 完成度の高い書法や流麗な叙情性を自在に操った作曲家であった.  
 私が
23ピアノ協奏曲 第 1 番 変ロ短調』(1875)に惚れ込んだのは小学校 3 年生の頃で, 父親が所有していたビクターのレコード(ギレリス(Emil Gilels)のピアノ, ライナー(Fritz Reiner)指揮, シカゴ交響楽団, 1955)の演奏であった. レコード・ジャケットに掲載されていたこの曲の自筆譜写真やモスクワ音楽院のチャイコフスキー像の写真を見て強い憧れを抱きつつ, 二台ピアノ編曲版の楽譜を入手して繰り返し聴いた. 第 1 楽章の序奏部における高貴で荘厳な装い, 第 2 楽章主題における牧歌的でノスタルジックなハーモニー, ……聴くたびに恍惚とさせられる.
 
 私と同様, この演奏で初めてこの曲を聴いたという作曲家の間宮芳生氏は「ロシア古典がこうも健全一点ばりに理解されるのではチャイコフスキーも気の毒」と述べているが, この演奏は, 私自身にとっては大変に想い出ぶかい名演である.
 
 初演を予定していた彼の恩師ルービンシュタイン(Nikolai Rubinstein)から演奏不可能と拒否されたためにビューロー(Hans von Bülow)によってアメリカで初演されたという有名な逸話も, レコード・ジャケットの解説文で繰り返し読んだ. たしかに, ピアノ独奏部分の書法はピアノ演奏に長けた作曲家の作品では決して見られないような特異なものが多く, ルービンシュタインが演奏を拒否したのも無理のない話ではある. しかし, 音楽のすばらしさに鑑みれば, そのような演奏上の問題は(聴く者にとっては)まったく問題にならないであろう.
 
 同じシリーズのレコードには『
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調』(1878)も含まれており, 先述したメンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲』とのカップリング(シェリング(Henryk Szeryng)のヴァイオリン, ミュンシュ(Charles Munch)の指揮, ボストン交響楽団, 1959)の演奏であった.
 
 この曲には『ピアノ協奏曲 第 1 番』のような特異な書法は見られないが, やはり高度な演奏技法を要するゆえであろう, これまた予定していた奏者に演奏を拒否されるという不運な経緯をもつ. しかし, その高雅で絢爛たる叙情性や緻密な楽曲構造が次第に認められるようになり, 現在では世界各国のヴァイオリニストの重要なレパートリーになっている. 協奏曲ではないが, チェロ独奏を含む『
ロココ風の主題による変奏曲』(1877)の典雅な響きも忘れてはなるまい.
 
 有名な「三大バレエ」, すなわち《
白鳥の湖》(1876)や《眠れる森の美女》(1889),《胡桃割り人形》(1892)は, 単なる付随音楽にとどまらない独立した芸術作品として評価が高い. オペラは《エフゲニー・オネーギン》(1878)や《マゼッパ》(1883)も有名であるが, やはり《スペードの女王》(1890)が内容的にも音楽的にも抜群の出来ばえであり, ロシア・オペラとしての貫録を充分に備えているように思う.
 
 管弦楽作品では,『
スラヴ行進曲』(1876), 序曲1812 年》(1880),『イタリア綺想曲』(1880)が有名であるが, シェイクスピアの戯曲に沿って「幻想序曲」と名づけられた三部作《テンペスト》(1876),《ロメオとジュリエット》(1881),《ハムレット》(1888)の方が私にとっては魅力的である. また, 幻想曲フランチェスカ・ダ・リミニ》』も, 彼の音楽的世界観が遺憾なく発揮された傑作であろう.
 
 『
交響曲 第 4 番 ヘ短調』(1877)から『交響曲 第 6 番 ロ短調悲愴》』(1893)までの「後期三大交響曲」の中では,『交響曲 第 5 番 ホ短調』(1888)をもっとも好んで聴く. 前期の交響曲の中では,『交響曲 第 1 番 変ホ長調冬の日の幻想》』(1866, 1874)の朴訥な響きがすばらしい. また, 一般的にはあまり知られていないが, 「第 4 交響曲」と「第 5 交響曲」の間に作曲された《マンフレッド交響曲》(1885)における民族音楽的な泥臭さと西欧風の洗練された和声が融合した独得の響きも, 聴いていて大変に魅力的である.
 

 
ラフマニノフ(Sergei Rachmaninov, 1873-1943, ロシア)
 そのチャイコフスキーにオペラアレコ》(1892)を認められて作曲家としてデビューしたのがラフマニノフである. 彼の『ピアノ三重奏曲 第 2 番 ニ短調』(1893)は, チャイコフスキーの死を悼んでわずか 1 ヶ月という短期間のうちに作曲されたという.
 
 ラフマニノフは, 生前, 作曲家としてよりもピアニストとして知られていた. 端麗な容姿に加え, ピアノを弾くために生まれてきたかのような堂々たる体躯で, その並はずれた大きな手は, C, E♭, G, C, G(12 度の音域をもつ和音)の鍵盤を同時に押さえることができたという.
 
 彼は, 演奏会で自作自演をするためにピアノ曲を数多く作曲した. それらの作品は, 叙情的でロマン派的な作風を特徴としている. 特に,《
楽興の時》(1886)における『第 1 曲 変ロ短調』,『第 3 曲 ロ短調』,『第 4 曲 ホ短調』のせつない哀愁とあふれる情熱, また, 24 曲からなる『前奏曲』(1892, 1903, 1910)における作品 23 の『第 4 番 ニ長調』や『第 6 番 変ホ長調』の美しいハーモニーで彩られた高貴で繊細な祈り……. そのいずれもが, 私が好んで弾くものである. また,『練習曲音の絵》』(Op.33(1911), Op.39(1917)) , 特に Op.39 の『第 1 曲 ハ短調』,『第 3 曲 嬰ヘ短調』,『第 8 曲 ニ短調』,『第 9 曲 ニ長調』は, 弾いても聴いても心に安定した充実感が得られる名曲である.
 
 彼のピアノ作品における最高傑作は『
ピアノ・ソナタ 第 1 番 ニ短調』(1907)および『ピアノ・ソナタ 第 2 番 変ロ短調』(1913)であろう. 高度な技法を究めた豪華絢爛な作品であり, その淡い郷愁と深い叙情性をただよわせるハーモニーは, ラフマニノフ以外には創作しえない性質のものである.
 
 また, 彼の変奏や編曲の巧みさは他に類を見ない.『
ショパンの主題による変奏曲』(1903)や『コレルリの主題による変奏曲』(1931),『パガニーニの主題による狂詩曲』(1934)のすばらしさ! バッハの『無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第 3 番』の「前奏曲」,「ガヴォット」,「ジーグ」のピアノ編曲版(1934)では, ラフマニノフ自身の半音階的和声をごく自然に取り込み, 原曲の魅力をさらに拡充させた点で大変に魅力的である. 彼自身の『ヴォカリーズ』(1915)の管弦楽版もしかり. 編曲なるものは, これらの作品のように「原曲の魅力をより一層引き出すもの」でなければ, 存在価値はないであろう.
 
 私がラフマニノフを知ったのは, 小学校 1 年生の頃,
24ピアノ協奏曲 第 2 番 ハ短調』(1901)を聴いたときであった. 当時の私がこの作品をどの程度理解できていたのかは怪しいが, 第 1 楽章の哀愁感や第 2 楽章の甘い叙情性に深く魅了されたことはよくおぼえている. また, 25ピアノ協奏曲 第 3 番 ニ短調』(1909)には, それに優るとも劣らない魅力がある. 特に 第 1 楽章の第 2 主題や第 2 楽章の中間部のハーモニーの美しさ! 他の作曲家には決してまねできないレヴェルのものであり, あまりのすばらしさに聴くたびに感嘆のため息が出る. これらの 2 曲とはやや質を異にするが,『ピアノ協奏曲 第 4 番 ト短調』(1927)も洗練された美しい響きで満ちており, 私はこの曲も好んで聴く.
 
 交響曲では, やはり
26交響曲 第 2 番 ホ短調』(1907)が圧倒的な魅力を放っている. 一見(一聴?)すると, この曲はハリウッド映画の音楽にも似た甘い叙情性を漂わせているのであるが, 実際には, ハリウッド映画の音楽の方が彼の作風をまねて多くの叙情的な音楽を作り出したのである. ラフマニノフの音楽を単に甘ったるいとして不当に低く評価する者は, これらの音楽と彼の音楽との本質的な差異を理解していないように思う. 
 
 ラフマニノフの叙情性は, 半音階進行を基軸とする重厚な和声とロシア東方正教会の旋法を背景とする息の長い旋律を特徴とするものであって, 和声進行が容易に読めてしまうような映画音楽とは似て非なるものである. ラフマニノフの作風に後継者がいないのは, 彼のような音楽が容易にまねできないことの証左にほかならない. 実際, 彼に追従しようとした音楽は, 例外なく単純な和声進行による通俗的なものに陥ってしまっている.
 
 『
交響曲 第 3 番 イ短調』(1936)が作曲されるまで作曲者自身が「交響曲」と名づけていた合唱交響曲》(1913)は, 彼の管弦楽作品としては最大規模の編成( 4 管編成にチェレスタとハープ・ピアノが加わる)で, 華麗で重厚な響きをもつ美しい声楽作品である. また,『交響的舞曲』(1940)では, せつない叙情性は影をひそめ, 死への不安や彼が多くの作品で好んで引用したグレゴリオ聖歌が全曲を支配している.
 

 
スクリャービン(Alexander Scriabin, 1872-1915, ロシア)
 モスクワ音楽院時代以来, ピアノでも作曲でもつねにラフマニノフに首位を奪われ, 次席に甘んずる羽目になったのがスクリャービンである. 余談であるが, 容姿の点でも彼のそれは誠に残念なものであり, 端整な装いのラフマニノフには遠く及ばない.
 
 スクリャービンは, 初期にはショパン風の叙情的な作品を書いた.『
ピアノ協奏曲 嬰ヘ短調』(1897)はその代表格であり, 習作である前奏曲》(1898)もなかなか綺麗な響きを聴かせてくれる. その後やがて神秘主義的思想に結びつけた音楽を書くようになるが, ラフマニノフのような息の長い旋律というものが少なく, 楽曲構造も小規模で簡潔なものが多い. 手がけた分野もピアノ作品と管弦楽作品が中心で, 室内楽曲や声楽曲をほとんど書き残していない.
 
 ピアノ作品の中では, 9 曲の『
ピアノ・ソナタ』がやはり優れている. 特に『ピアノ・ソナタ 第 2 番 嬰ト短調幻想ソナタ》』(1896)やピアノ・ソナタ 第 3 番 嬰ヘ短調』(1898)は, ピアノ愛好家ならば一度は弾きたくなる魅力的な作品であろう. 特に,《幻想ソナタ》については, 第 2 楽章の激情にも心を動かされるが, 第 1 楽章 第 2 主題における優雅で繊細なハーモニーの美しさは, 聴く者をたちまち天上の別世界へと惹き込む力をもっている.『前奏曲』や『練習曲』にも後期ロマンティシズムの豊穣な香りが色濃くただよっており, 彼のいわゆる「神秘主義」よりもこちらの方が魅力的でさえある.
 
 とはいえ, スクリャービンの作品から 1 曲を選ぶとすれば, 交響曲になるであろう.『
交響曲 第 1 番』(1900)から『交響曲 第 3 番 ハ短調神聖な詩》』(1904)までの 3 曲は, 演奏時間にして 50 分を要する意欲的な大作である. また, 巨大編成に色光ピアノを加えた『交響曲 第 5 番プロメテウス》』も注意を引くものであるが, ここでは無難なところをとって 27交響曲 第 4 番法悦の詩》』(1907)にしよう. 彼の交響曲の中では(編成は巨大ながらも)演奏時間の短い作品で, 印象主義風の曖昧な調性に終始する幻想的な音楽になっている.
 
 吉田秀和氏が指摘する通り, ロシアの作曲家たちは, グリンカ(Mikhail Glinka)以来, 赤・緑・黒・黄といった原色を思い切って自由に組み合わせたような管弦楽の色彩的効果に才能を示してきた. スクリャービンの管弦楽曲は, それらの伝統を打ち破って, 渋い中間色や淡い透明感のある色彩的効果を示した点に特徴があると言えよう.
 

 
フランス周辺の近代音楽
フォーレ(Gabriel Fauré, 1845-1924, フランス)
 さて, 次はフランスの作曲家について書こう. フランスには, 大家ベルリオーズ(Hector Berlioz)をはじめとして, グノー(François Gounod), フランク(César Franck), ラロ(Édouard Lalo), サン=サーンス(Camille Saint-Saëns), ビゼー(Georges Bizet)などが存在するが, ここではフォーレから始めよう.
 
 フォーレはサン=サーンスの弟子であり, フランス近代音楽の準備段階としての純音楽の発展に貢献した作曲家である. 2 つのオペラ《
プロメテウス》(1900),《ペネロプ》(1913)のうち, 後者はサン=サーンスに献呈されている.
 
 彼の場合, 上記 2 つのオペラ以外には大規模な作品がなく, 歌曲・ピアノ曲・室内楽曲などそのほとんどが比較的小規模なものである. 聴きやすいがインパクトに欠ける「サロン風音楽」が多いことも否定できない. 私自身, そのような彼のピアノ作品にあまり興味がもてず, これまでほとんど弾いてこなかった. しかし, 室内楽や管弦楽の中には, いくつかの珠玉の逸品が光っている.
 
 2 つの『
ピアノ四重奏曲』(1879, 1886)や『ピアノ五重奏曲』(1906, 1921)をはじめ, 2 つの『ヴァイオリン・ソナタ』(1876, 1917)や『チェロ・ソナタ』(1917, 1921)もよく知られており, わが国でも演奏頻度が高い. 私自身は, シュミット(Florent Schmitt)が絶賛したという『ピアノ三重奏曲』(1923)や『弦楽四重奏曲』(1924)などの憂いを含んだ晦渋な響きを好んで聴く. フルートとピアノのための『幻想曲』(1898)も高雅な雰囲気をただよわせる逸品である.
 
 声楽曲では《
ラシーヌ雅歌》(1864)と《パヴァーヌ》(1887)の美しさが群を抜いてすばらしい. 前者は学生時代の習作であるが, シューマンの『レクイエム』の第 1 曲「レクイエム・エテルナム」が(変ニ長調という調性を含め)モデルになっているように思う. 後者は管弦楽のみであった原曲(1886)に混声合唱を加えたもので, 原曲のすばらしさもさることながら, これによって演奏効果が格段に上がったことは言うまでもない. これらの作品を聴いていると, 心の奥深くまで澄みわたる気持ちにさせられるのである.
 
 劇のための付随音楽では,《
ペレアスとメリザンド》(1898)と《マスクとベルガマスク》(1919)の 2 曲を好んで聴く.
 
 彼の代表作は, 言うまでもなく
28レクイエム』(1887)である. 古典的な典礼ミサの形式をとっておらず,「怒りの日」のような死への畏怖を感じさせる劇的効果をもっていない.「死は永遠の開放であって苦しみではない」と述べるフォーレは, 荘重な雰囲気というよりも魂を救う天上の音楽として, 優しく美しく感動的な音楽としてこのレクイエムを作曲したのであった. 特に, 第 4 曲「ああイエスよ」, 第 5 曲「神の子羊」, 第 7 曲「楽園にて」に見られる芸術性の高さ! 聴くたびに精神の浄化を促される, まさに天上の音楽!
 
 作品の性格から判断してさぞかし穏やかで敬虔なカトリック教徒なのであろうと思わせるフォーレであるが, 若い頃からの気まぐれや怠けぐせ, 奔放な女性遍歴, パリ音楽院長時代の大規模な運営改革によるロベスピエールの異名, ラヴェル(Maurice Ravel)やエネスコ(Georges Enesco)の良き師匠, ……等々, 彼の生涯には多面的な姿が見受けられておもしろい.
 

 
デュリュフレ(Maurice Duruflé, 1902-1986, フランス)
 フォーレの『レクイエム』をモデルにして作曲したと言われ, これにまさるとも劣らぬ魅力をもつのが, デュリュフレの 29レクイエム』(1947)である. 前衛音楽がはびこる 20 世紀音楽界にあって, なぜ, これほどまでに美しい音楽を書けたのであろうか.
 
 第 3 曲「オッフェルトリウム」, 第 4 曲「サンクトゥス」, 第 8 曲「リベラ・メ」において, フォーレの『レクイエム』にはない特異な和声と劇的な音楽を聴くことができる. その一方, ところどころにハッとさせられるような美しい響きがちりばめられている. 中でも, 第 6 曲「神の子羊」におけるハーモニー(RM 68-69, 72-73)や, 第 7 曲「ルクス・エテルナム」におけるハーモニー(RM 78, 80)の美しさ! これらは, 聴く者の心身に安らぎを与え,「死は永遠の開放であって苦しみではない」というフォーレの言葉を彷彿とさせるものである.
 
 彼はすぐれたオルガニストであったが,(編曲作品を除けば)オルガンのための作品は,『
スケルツォ』(1926),『前奏曲, アダージョと来たれ創り主なる聖霊によるコラール変奏曲』(1930),『オルガン組曲』(1933),『アランの名による前奏曲とフーガ』(1942)など, ごくわずかにすぎない. 一作一作を大切する寡作家であった彼は, 生涯にわずか 14 曲ほどしか作品を残していないのである.
 
 唯一の純粋な管弦楽曲『
3 つの舞曲』(1937)は, 可憐な響きを聴かせる逸品であり,『グレゴリオ聖歌の主題による 4 つのモテット』(1960),『クム・ユビロ』(1966), 『主の祈り』(1976)などの声楽曲における高雅で気品のある音楽は, 聴くたびに心底から感銘を受ける. 前衛音楽作曲家たちが閉塞状況の中で暗中模索するのをまったく眼中におかず, 彼はただ素直に純粋に美しい音楽を創造しつづけたのであった.
 

 
ドビュッシー(Claude Debussy, 1862-1918, フランス)
 フランスの作曲家でもっとも代表的な人物は, 印象主義の開拓者ドビュッシーであろう(彼自身は「私は印象派ではない」と述べているが……). 彼が近現代音楽に及ぼした影響はきわめて大きい. ショパンが古典派からロマン派への道を開拓したのと同様, ドビュッシーはロマン派から近現代音楽への道を開拓した. 古典的な和声学から解放された鋭敏な音感で教会旋法や独自の和声進行を駆使し, その後の音楽界に無限の可能性をもたらしたのである.
 
 初期の作品は,『
星の輝く夜』(1880),『愛し合い, そして眠ろう』(1881),『月の光』(1882)など, ほとんどがロマン派を想わせる美しい歌曲である. ドビュッシーらしさを垣間見せるカンタータ放蕩息子》(1884)によるローマ大賞受賞の後, 声楽に対する熟達した手法を得て, 歌劇 30ペレアスとメリザンド》(1902)において新境地を獲得したのであった. このオペラは, ヴァーグナー(Richard Wagner)の影響を受けながらも, 序曲(ないし前奏曲)やアリア(ないしレチタティーヴォ)をもたず, 言葉の抑揚に合わせた旋律線を多用するなど, ヴァーグナーからの脱却を試みた実験的要素に富んだ作品である.
 
 ドビュッシーの声楽曲で有名なものは, ヴェルレーヌ(Paul Verlaine)の詩による《
艶やかな宴》第 1 集(1891), 第 2 集(1904)や『ステファーヌ・マラルメによる 3 つの詩』(1913)であるが, 私がもっとも好んで聴くのは, 《ビリティスの 3 つの歌》(1898)と, メルヘンチックな室内楽曲『パントマイムと詩の朗読のためのビリティスの歌》』(1900)の 2 曲である.
 
 私とドビュッシーとの出会いは, 小学校低学年の頃に聴き込んだピアノ曲《
亜麻色の髪の乙女》や《月の光》であった. 後者を含む『ベルガマスク組曲』(1890)や『 2 つのアラベスク』(1891),『ピアノのために』(1901)や《子供の領分》(1908)などは, 小学生時や中学生時に好んで弾いた曲集であるし, 《版画》(1903)や《喜びの島》(1904),《映像》第 1 集(1905), 第 2 集(1907)などは, 高校生時や大学生時に好んで弾いた曲集である. 学生時代に弾きはじめ, 現在でも好んで弾くすばらしい傑作に, それぞれ 2 巻からなる『前奏曲』(1910, 1913)と『練習曲』(1915)がある. これらはドビュッシーの書いたピアノ曲の中でも, とりわけ優れた作品であろう.
 
 室内楽にも名曲が多く, 上に挙げた《ビリティスの歌》と同様の擬古趣味が見られる『
神聖な舞曲と世俗的な舞曲』(1904)のほか, ロマン派的な『ピアノ三重奏曲 ト長調』(1879)や独自の境地を開拓した『弦楽四重奏曲 ト短調』(1893)などを特に好んで聴く. しかし, 彼の室内楽作品の最高傑作として, 晩年の 3 つのソナタ『フルート・ヴィオラ・ハープのためのソナタ』(1915),『チェロ・ソナタ ニ短調』(1915),『ヴァイオリン・ソナタ ト短調』(1917)を挙げないわけにはいくまい. いずれもドビュッシーにしか書けない, エスプリに富んだ上品な香りがただよう絶品である. 中でも,『フルート・ヴィオラ・ハープのためのソナタ』の高雅で麗しい幻想性は, 他に類がない.
 
 また, 管弦楽曲では, マラルメ(Stéphane Mallarmé)の詩に基づく《
牧神の午後への前奏曲》(1894)が異彩を放っている. ものうい雰囲気の冒頭部から全音階や半音階をちりばめた芳醇な響きが豊かにひろがる作品で, 彼独特の底知れぬ幻想性を見せる印象的な音楽である.
 
 彼は, その後も,『
夜想曲』(1899),『 3 つの交響的スケッチ》』(1905),『管弦楽のための映像》』(1911)などで独自の語法で新しい響きを追求した.『夜想曲』の中の《》や,《映像》の中の 31イベリア》は, 一種独特の懐かしさを感じさせる, 私自身のお気に入りの音楽である.《イベリア》の第 1 曲「街の道や抜け道を通って」がもつ極採色の華麗な響き, 第 2 曲「夜の香り」がもつドビュッシー独得の陰翳に富んだ幻想性は, いくたび聴いても感銘を受ける. 吉田秀和氏の言う「ドビュッシーのあの天才の高さ, どこまでいっても説きつくせない不思議なシャルム(魅力)」がここにある.
 
 「フランス最大の音楽家が書いたもっとも美しい音楽」とオネゲル(Arthur Honegger)に言わしめた
交響的断章聖セバスチャンの殉教》(1911)は, 声楽つきの原曲よりも弟子のカプレ(Andre Caplet)編曲による交響的断章の方が色彩感に富んでいる. また, 晩年に作曲されたバレエ遊戯》(1913)は, 調性・拍子・強弱・動機などが目まぐるしく入れ替わる音楽であるが, 管弦楽法に見るべき点があり, 随所にハッと目を見張らされるような美しさがちりばめられた逸品である.
 

 
ラヴェル(Maurice Ravel, 1875-1937, フランス)
 さて, 次は, 私がもっとも尊敬する作曲家ラヴェルである.「管弦楽の魔術師」の異名をもつラヴェルは各楽器の音色や奏法を熟知し, 巧みなオーケストレーションをもって色彩豊かな管弦楽作品を残した. その音楽は楽曲構成や和声の点で精緻をきわめ, 感情を抑制しつつも斬新で個性的な響きを聴かせてくれる. 「スイスの時計職人」とはストラヴィンスキーによるラヴェル評である.
 
 『
古風なるメヌエット』(1894),『逝ける王女のためのパヴァヌ』(1899), 《水の戯れ》(1901),《》(1905),《夜のガスパール》(1908),《クープランの墓》(1917)などのピアノ曲は, 高雅で絢爛な響きと奥深い幻想性をもつ作品である. 高校生の頃にラヴェルのピアノ作品に出会って以来, そのほとんどすべてを弾いてきた私にとって, これらの作品群は弾くたび聴くたびに新鮮で魅惑的な世界を見せてくれる宝庫である.
 
 ピアノ作品の多くは彼自身により管弦楽化されている. その巧みなオーケストレーションは, これらの音楽が最初から管弦楽曲として構想されたかのように錯覚させる. 私が最初に彼のオーケストレーションの手腕に感嘆したのは, 小学 1 年生の頃,『
ボレロ』(1928)に魅了されたときである. 多くのソロ楽器によるエキゾティックな旋律が流れる中に, 突如としてパイプオルガンの響きが聴こえてくるのが誠に不思議であった. これが, 2 本のピッコロ, ホルン, チェレスタの組み合わせ効果によるものであると知ったのは, デュラン(Durand)版のスコアを手に入れた中学生時のことである.
 
 室内楽曲では, 優美で力強い意思を秘めた『
弦楽四重奏曲 ヘ長調』(1903), ハープの魅力を追究した『序奏とアレグロ』(1905), 豪華絢爛なピアニズムで聴く者を圧倒する『ピアノ三重奏曲 イ短調』(1914)など, 魅力的な作品が目白押しである. 『ツィガーヌ』(1924)や『ヴァイオリン・ソナタ ト長調』(1927)では, 高度な技法に加え, ジプシーやジャズの片鱗を垣間見せる彼の多様な手法を耳にすることができる.
 
 歌曲では,《
シェエラザード》(1903)や《マラルメの 3 つの詩》(1913)などの印象派的な和声を聴かせるものから,《マダガスカル島民の歌》(1926)や《ドゥルシネア姫に想いを寄せるドン・キホーテ》(1933)のような民族音楽的な楽想まで, 幅広い種類の眩惑的な音楽が多い. 演奏される頻度は高くはないが, 私自身は, 無伴奏混声合唱のための『 3 つの歌』の静謐な美しさに特に惹かれる.
 
 友人の子どもたちのために書かれたピアノ連弾用組曲をバレエ化した
32マ・メール・ロワ》(1910, 1911)も, 原曲に前奏曲や間奏曲を加え, 華麗な装飾をちりばめた精緻な管弦楽法をもって聴く者を魅了する.
 
 初期の管弦楽曲『
夢幻劇のための序曲シェエラザード》』(1898)における東洋趣味や,『スペイン狂詩曲』(1907)におけるスペイン趣味, あるいは『ピアノ協奏曲 ト長調』(1931)や『左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調』(1930)に見られるジャズ趣味も, すべて彼の多彩な魅力を遺憾なく発揮した作品である.
 
 ディアギレフ(Sergei Diaghilev)率いるバレエ・リュスのために書かれたバレエ音楽
33ダフニスとクロエ》(1912)は, ラヴェルの最高傑作であるばかりでなく, 20 世紀の管弦楽作品の中でも最高傑作の一つと言えよう. その繊細かつ緻密な管弦楽法もさることながら, その美しく心打つ和声には驚嘆させられる. 各場面をあたかも眼前に映像で展開するかのようなラヴェルの音楽的描写力の手腕は, 他の作曲家の追随を許さない.
 
 また, ほとんど知られていないが, オペラには《
スペインの時》(1907)と 34子供と魔法》(1924)の 2 作品がある. 前者は他愛ない内容のオペレッタ風の作品, 後者は子ども向けのおとぎ話風の作品で, いずれも上演時間にして 1 時間足らずのオペラである.《子供と魔法》における音楽的描写力は,《ダフニスとクロエ》に優るとも劣らない. 家具や食器に台詞をしゃべらせ, 火に台詞を与えてが主人公の子どもを脅かしたり, 数字たちに台詞を与えてデタラメな算術計算で子どもを混乱させたり, メッゾ・ソプラノとバリトンの二重唱で猫の鳴き声を真似たり, フルートによる梟やピッコロによる小鳥の鳴き声, 混声合唱によるカエルたちの鳴き声など……. スコアには各楽器の効果的な特殊奏法が随所に見られ, 管弦楽法の可能性を極限まで追窮したかのようなその手法には, 吉田秀和氏が述べるように「あまりにラヴェルが芸達者で嫌になるくらい」である. 
 

 
ファリャ(Manuel de Falla, 1876-1946, スペイン)
 ラヴェルによるスペイン趣味の音楽を「スペイン人よりもスペイン的」と評したのは, スペインの作曲家ファリャであった. デュカス(Paul Dukas)に才能を見出された後, ドビュッシーやラヴェルとも親交を結び, スペイン的民族主義とフランス的印象主義を混交させた個性的な音楽を次々と発表した作曲家である.
 
 オペラの中では《
はかなき人生》(1905)がもっとも有名である. 上演時間にして 1 時間あまりの作品で, 劇としても音楽としてもスペインの雰囲気が濃縮され, すこぶるおもしろい. 第 2 幕の『スペイン舞曲』や『間奏曲』は単独でもよく演奏され, 私自身も中学生時代に好んで聴いた音楽である. また,《ペドロ親方の人形芝居》(1923)は, 上演時間にして 30 分たらずの小規模な作品であるが, 新古典主義風の新鮮な響きを聴かせる印象的な音楽である.
 
 歌曲については, やはり《
7 つのスペイン民謡》(1914)の情緒豊かな叙情性を推したい. 室内楽曲では,《チェンバロ・フルート・オーボエ・クラリネット・ヴァイオリンとチェロのための協奏曲》(1926)における極度に切りつめた無駄のない特異な響きに惹かれる. これとは対照的な,『交響的印象スペインの庭の夜》』(1915)の印象派的な豊穣な響きも魅力的であることは言うまでもない.
 
 ファリャの最高傑作は, バレエ
35三角帽子》(1919)であろう. いたるところにスペイン情緒があふれた音楽である. バレエの舞台と衣裳は, ロンドンでの初演時はピカソ(Pablo Picaso)が担当し, アメリカでの初演時はダリ(Sarbador Dali)が担当したという. 中学 3 年生の春にこの曲に出会った私は, 全曲に通底する華麗な美しい幻想的な響きに魅了された. すぐにチェスター(Chester)版の小型スコアを入手し, さまざまな楽器の効果的な使用法に感心しながら繰り返し聴き込んだ記憶がある. 音楽的にも, 緩急と強弱に富んだ魅力的な楽想で満ちており, 聴く者を最後まで飽きさせない推進力がある.
 
 バレエにはもう一つ《
恋は魔術師》(1915)がある. 《三角帽子》に比べて編成は小さいが, 巧みな管弦楽法による色彩感の豊かな新鮮な響きが印象的である. 有名な『火祭りの踊り』をはじめ, 聴く者の心をとらえる変化に富んだ音楽が随所に散りばめられた傑作であり, 聴いていて大変おもしろい.《三角帽子》と並んで, ファリャの作曲手腕が遺憾なく発揮された独創的な音楽と言えよう.
 

 
イギリスの近代音楽
ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams, 1872-1958, イギリス)
 さて, 次はイギリスへ目を向けよう. まずは, ヴォーン・ウィリアムズからである.
 
 彼の作品はなぜかわが国では演奏頻度が低く, ほとんど耳にする機会がない. もちろん,『
グリーンスリーヴスによる幻想曲』(1908)や『タリスの主題による幻想曲』(1910), 吹奏楽曲『イギリス民謡組曲』(1923)などの人気曲は例外であるが……. 彼は一時期ラヴェルに師事し, 印象主義の傾向も示したのであるが, シベリウスを尊敬し(有名な『交響曲 第 5 番 ニ長調』(1943)はシベリウスに献呈されている), イギリス民謡をもとにした牧歌的で平易な作品を多数残した作曲家であった.
 
 9 曲の交響曲はいずれも優れた作品で, 大規模なカンタータ《
海の交響曲》(1910)をはじめ, ウェストミンスター寺院の鐘が特徴的な《ロンドン交響曲》(1913, 1936), 変化に富んた描写音楽《南極交響曲》(1953)などは, 聴く者を一瞬にして惹き付ける魅力をもっている. 一方,『交響曲 第 4 番』(1934),『交響曲 第 6 番』(1947),『交響曲 第 9 番』(1957)など悲劇的かつ戦闘的な緊張感あふれる音楽にも, 前者とは質の異なる魅力がある.
 
 その中でも,
36田園交響曲》(1921)は, 冒頭部から牧歌的で流麗なハーモニーを響かせる親しみやすい名曲であろう. 全曲を通じて穏やかで静謐な印象の音楽であるが, 終楽章におけるソプラノのヴォカリーズは, 淡くもの悲しい透明感をもって聴く者の心に深く静かに訴えかけるものがある.
 
 また, ヴァイオリンと管弦楽のための《
揚げひばり》(1920)や, 弦楽オーケストラによる『ヴァイオリン協奏曲』(1925)および『オーボエ協奏曲』(1944)も, その簡素な楽曲形態と典雅なつつましい響きに魅了される.
 
 『
ピアノ協奏曲 ハ長調』(1931)は, 第 1 楽章と第 3 楽章にピアノを打楽器的に扱うバルトークの手法を採り入れた超絶技巧を要する音楽で, 実際, バルトークが絶賛したという. 一転してハリウッド映画音楽のような美しいロマンティズムをただよわせる第 2 楽章にも魅了される.
 

 
ホルスト(Gustav Holst, 1874-1934, イギリス)
 わが国ではヴォーン・ウィリアムスよりも知名度が高い作曲家ホルストも, イギリスの民族音楽を用いたり東洋的題材を用いたりした作曲家であった. 彼の作品はといえば, 一般的には, 管弦楽のための組曲 37惑星》(1916)と吹奏楽のための『第一組曲』(1909)と『第二組曲』(1911), 彼が勤務していたセント・ポール女学校の学生用に書いた『セントポール組曲』(1913)程度しか知られていない. 実を言えば, 私自身も, これらの曲のほかは一部の管弦楽曲や声楽曲を除いてほとんど聴いたことがないのである.
 
 《
惑星》は私が中学生時代に夢中になった曲であり, ブージー&ホークス社版のスコアを手に入れて全曲を暗譜するほど聴き込んだ. 3 管編成の管弦楽ながら各楽器が効果的に用いられた演奏効果の高い作品で, 当時の私はこのスコアに触発されて管弦楽曲をいくつか書いたおぼえがある(残念ながらすべて未完に終わったが……). 特に, テナー・チューバ, アルト・フルート, バス・オーボエなど, この曲によって初めてその音色を聴いた楽器もあり, 海王星における女声合唱についてはその静謐で神秘的な響きに心を奪われたものであった.
 
 『
東洋的組曲ベニ・モラ》』(1910)や《エグドン・ヒース》(1927)などの純粋な管弦楽曲も優れた作品であるが, 私自身は,《リグ・ヴェーダ讃歌》(1912),《ディオニソス讃歌》(1913),《イエス讃歌》(1917)のような神秘的な美しい響きを聴かせる声楽曲の方に一層の魅力を感ずる.
 

 
ブリテン(Benjamin Britten, 1913-1976, イギリス)
 ところで, イギリスには, 20 世紀最大の作曲家の一人であるブリテンがいる. 彼は, 心理的表現の強い 16 作ものオペラで世界的に有名になり, 種々の分野において幅広く認められた作曲家である. その手法は, 調性を主体としつつも斬新な和声原理に基づいているものが多い.
 
 オペラの中で特に有名なのは,《
ピーター・グライムズ》(1945),《ルクリーシアの凌辱》(1946),《ねじの回転》(1954),《ヴェニスに死す》(1973)であろう. 中でも《ピーター・グライムズ》は名曲であり, 管弦楽組曲版である『 4 つの海の間奏曲』は, その特異な響きが魅力的で, 私自身のお気に入りの曲である. また, シェイクスピア(William Shakespeare)原作による《真夏の夜の夢》(1956)も原作のおもしろさと相まった逸品と言えよう.
 
 管弦楽曲では,『
シンフォニエッタ』(1932)や『シンフォニア・ダ・レクエイム』(1940)がよく知られている. 後者は, 日本の皇紀 2600 年祝典用の委嘱作品であったが, 祝典に「レクイエム」は不適切として日本では初演されなかったという.
 
 彼の作品でもっとも有名なものは, 教育映画用に作られた《
青少年のための管弦楽入門》(1946)であろう. 父親が所有していたレコードで小学 6 年生の頃にこの曲に出会い, 当時はまだ初演後まもない作品であった《イギリス民謡組曲》(1974)と合わせて, その魅力にとりつかれて夢中になって聴いた音楽である.
 
 同じく父親が所有していたレコード(ブリテンの指揮, ロンドン交響楽団, 1963)で小学 6 年生の頃に出会った印象深い音楽に
38戦争レクイエム》(1961)がある. これは, 第一次世界大戦直前に 25 歳の若さで戦死したオーウェン(Wilfred Owen)の反戦詩が用いられており, 戦争の犠牲者へのレクイエムであると同時に, 反戦を訴える異色の作品である. 全曲を通して聴くとき, 最終曲の "Let us sleep now."(ブージー & ホークス社版のスコア p.229)にいたって独唱・児童合唱・全体合唱がの美しさが呼び起こす感動は, いくたび聴いても色あせない.
 
 合唱を用いた管弦楽作品は他にも《
春の交響曲》(1949)があり, これも《戦争レクイエム》と同様, (音楽的内容は正反対であるにしても)優れた音楽である. 協奏曲では,『ピアノ協奏曲』(1938),『ヴァイオリン協奏曲』(1939),『チェロ交響曲』(1963)もよく知られているが, 私自身は,『左手のためのピアノ協奏曲ディヴァージョンズ》』(1940)の繊細で華麗な響きを大いに好んで聴く. 優れたピアニストでもあったブリテンの手腕が存分に発揮された名作と言えよう.
 
 彼は声楽の分野でも優れた作品を数多く残している. 児童合唱のための《
金曜日の午後》(1935), 混声合唱と児童合唱とハープのための《キャロルの祭典》(1942), 児童合唱と女声合唱のための『 3 つの二声の歌』(1932)などがすばらしいことは言うまでもない. 歌曲《鳥たち》(1929, 1934)の純粋で優しい響きは, ブリテンが書いた音楽の中でもっとも美しいものであろう. また,《乙女の歌う優しい歌》(1931, 1966), 二声の女声合唱のための《牛たち》(1967)の夢遊するような不可思議な感覚の音楽にも強く惹かれる.
 

 
続・ロシアの近代音楽
プロコフィエフ(Sergei Prokofiev, 1891-1953, ロシア)
 再びロシアに戻ろう. 20 世紀を代表するロシアの作曲家には, 先に挙げたラフマニノフやスクリャービンの他にも, フレンニコフ(Tikhon Khrennikov), カバレフスキー(Dmitry Kabalevsky), ショスタコーヴィチ(Dmitri Shostakovich)などがいるが, 本稿では割愛させてもらって, プロコフィエフから始めよう.
 
 作品 1 の『
ピアノ・ソナタ 第 1 番 ヘ短調』(1907)は, スクリャービンの影響が強くプロコフィエフの個性には乏しいが, 単一楽章ながら熟練したソナタ形式書法を見せる逸品である. また,『ピアノ・ソナタ 第 2 番 ニ短調』(1912),『ピアノ・ソナタ 第 3 番 ハ長調』(1917),『ピアノ・ソナタ 第 7 番戦争ソナタ》』(1942)などは, 弾いても聴いても充実感を得られる高密度の完成度をもつ傑作である.
 
 作品 2 の『
4 つの練習曲』(1909)や『トッカータ』(1912)も, 破壊的な打撃リズムと独得の不協和声をもって強烈なインパクトを与える, 私自身のお気に入りの作品である. 一方, 子供のための『束の間の幻影』(1917)や『 2 つのソナチネ』(1932)のような, 現代的な洒落たセンスも捨てがたい.
 
 交響曲は 7 曲あり,《
古典交響曲》(1917)と『交響曲 第 5 番 変ロ長調』(1944)が親しみやすく人気のある作品である. 他の交響曲もそれぞれ惹かれる作品であるが, 私自身は『交響曲 第 7 番 嬰ハ短調』(1952)のみずみずしい響きを特に好んで聴く. 余談であるが, これらの交響曲を聴くと, 移調楽器がすべて C 管(実音)で書かれているプロコフィエフのスコアを見て非常に違和感を感じた小学校高学年の頃を想い出す.
 
 協奏曲には,『
ヴァイオリン協奏曲』(1917, 1935)および『チェロ協奏曲』(1938, 1951)が 2 曲ずつと,『ピアノ協奏曲』が 5 曲存在する. いずれも濃密で洗練された楽想をもつ音楽であるが, その中では, もっともエネルギーに満ちあふれた 39ピアノ協奏曲 第 3 番 ハ長調』(1921)を推す. ピアニストであったプロコフィエフらしく超絶技巧を要する曲で, それほど難しくは見えない楽譜と音楽のすばらしさに惑わされて学生の頃の私も挑戦してみたのであるが, 完成のめどが立たず弾くことを断念したおぼえがある. 単一楽章の『ピアノ協奏曲 第 1 番 変ニ長調』(1912), 静謐で神秘的な『ピアノ協奏曲 第 2 番 ト短調』(1913),『左手のためのピアノ協奏曲 変ロ長調』(1931)も, それぞれ独特の味わいがあってすばらしい.
 
 管弦楽曲では, スクリャービンの影響が認められる『
交響的絵画》』(1910)のほか,『交響的物語ピーターと狼》』(1936)がよく知られている. また, 声楽曲では, 映画音楽用に作られた《キージェ中尉》(1933)や《アレクサンドル・ネフスキー》(1938),《イワン雷帝》(1945)なども有名である.
 
 オペラには,《
3 つのオレンジの恋》(1919),《炎の天使》(1927)という傑作があり, バレエでは《ロメオとジュリエット》(1936)と《シンデレラ》(1941)が特にすばらしく, プロコフィエフ独得の和声や楽器法に加え, 一度聴いたら虜になるような強烈で新鮮なインパクトを与える音楽になっている.
 

 
ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky, 1882-1971, ロシア)
 プロコフィエフと並んで, いや, それ以上にロシア近代音楽のスーパースターとなったのがストラヴィンスキーである. 彼は, ペテルブルク大学で法律を専攻しながらリムスキー=コルサコフ(先述)の個人教授を受けた. 『交響的幻想曲花火》』でディアギレフに認められ, 一連のバレエ音楽, 40火の鳥》(1910), 41ペトリューシュカ》(1911), 42春の祭典》(1913)を発表した. これらの三部作は, 現在では名曲として定着しているが, 初演当時はその斬新さが物議をかもしたという.
 
 ストラヴィンスキーと親交のあったラヴェルも作曲途中の《
春の祭典》のスコアを見てかなり刺激を受けたらしい. いや, ラヴェルに限らない. 《春の祭典》は, その後多くの作曲家がこの曲の存在を意識して新たな音楽の創出を試みたほど影響力のあった作品で(実際にはこの曲を凌駕したものは出現していないが), スコアを検討すれば, そこに見られる個々の動機は単純であるにもかかわらず, 劇的な演奏効果を生み出す手法(他の者には容易にまねできないようなリズム構成や和声および楽器の組み合わせ方)に驚嘆させられるのである.
 
 これらの作品は, ロシアの民族主義を根底におきながら, 強烈なリズムの解放や管弦楽の大胆な極限効果をねらった原始主義と呼ばれる手法がふんだんに採り入れられていたのであった. 反ロマン主義・反印象主義をめざす 20 世紀音楽の方向性を決定づけたとも言えよう. もちろん,(師リムスキー=コルサコフの影響もあって)色彩感に富んだオーケストレーションが音楽全体を表情豊かなものにしていることも無視できない. 室内楽編成の《
結婚》(1922), 劇音楽から編集された《夜鳴き鶯》(1917), 歌と踊りのためのブルレスク《》, 朗読と演劇のための《兵士の物語》なども, 上記三部作と同様の原始主義的作風の音楽であり, これまた魅力的な音楽であることは言うまでもない.
 
 やがて, 作風は徐々に変化して, ジャズを採り入れた新古典主義の時代に入る.《
プルチネッラ》(1920),《ミューズを率いるアポロ》(1928, 1947),《カルタ遊び》(1936)などのバレエがこの傾向にあり, これらの作品は,(音楽自体に斬新さはないにしても)ストラヴィンスキーの巧みな管弦楽法によって得られる新鮮な響きが魅力である. このような新古典主義から, バレエアゴン》(1957)や《レクイエム・カンティクルス》(1966)のような 12 音技法まで, 作品ごとに種々作風を変えた彼は,「カメレオン」あるいは「1000 の手法をもつ男」という異名を与えられた.
 
 管弦楽曲では, 叙情的な習作『
交響曲 変ホ長調』(1907)のほか, 『交響曲 ハ調』(1940),『 3 楽章の交響曲』(1945)などが知られている. 『ヴァイオリン協奏曲 ニ調』(1931),《ダンバートン・オークス》(1938), サーカス・バンドのための《サーカス・ポルカ》(1942), ジャズバンドのための《ロシア風スケルツォ》(1944)のような, 簡素で軽妙洒脱な音楽も私の好むところである.
 
 弦楽器を欠く『
管楽器のための交響曲』(1920, 1947)と『ピアノと管楽器のための協奏曲』(1924)は, リズムや和声を簡素に切り詰めながらも印象深い響きを聴かせる音楽である. オラトリオエディプス王》(1927, 1948), オペラ放蕩者のなりゆき》(1951)も有名であるが, 独特なな宗教的雰囲気に支配される《詩篇交響曲》(1930)がすばらしい. クラリネットを除く 5 管編成という大編成でありながら 5 本の木管楽器それぞれに独立した活躍を与える緻密に計算された書法, オーボエの主題とフルートの応答で始まる第 2 楽章の二重フーガ, 複調を用いた激昂した音楽から美しく静謐な和声に一転する第 3 楽章(RM 20, 22 以降)など, 聴く者を魅了する変幻自在な響きに満ちている.
 
 アメリカに亡命してから著作権料対策のために自作を何度も改訂したり自らのピアノや指揮をもって積極的に自作を録音したりするなど商業主義的な側面を見せたことも, 彼の一面を知る上ではおもしろい.
 

 
ハチャトゥリアン(Aram Khachaturian, 1903-1978, ロシア)
 さて, ロシアからあと一人選ぶとすれば, もちろんハチャトゥリアンであろう. 彼の作品はわが国ではなぜかほとんど演奏されないし, CD も少ない(最近, 徐々に出始めているようであるが……). 彼の作品で日本でもよく知られているものと言えば, バレエ音楽である《ガイーヌ》(1942)や《スパルタクス》(1954)の組曲版くらいであろう. 劇の付随音楽である《仮面舞踏会》(1941)の組曲版も(あまり知られてはいないが)名曲である.
 
 音楽家の道へ進むことを決意したのが 18 歳の時というやや遅い出発であったが, 彼はしだいにチェロと作曲で頭角を現すようになった. 『
トッカータ』(1932)や『ソナチネ』(1959)などをはじめとして, ピアノ作品にも名曲が多い. 私自身が小学生時代によく弾いていた《少年時代の画集》(1947)も, 聴くたび弾くたびに懐かしさを感ずる珠玉の小品集である.
 
 交響曲は全部で 3 曲であり, いずれも傑作であるが, ここでは特に
43交響曲 第 3 番 ハ長調』(1947)を挙げておきたい. 私とハチャトゥリアンの音楽との出会いは, この曲であった. 44ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』(1940)に出会ったのと同じ小学校 6 年生の頃, 父親の所有していたレコードで夢中になって聴いたことをおぼえている.
 
 後者のスコアは中学生になってからオレンジ色の装丁のシコルスキ(Sikorski)版で入手できたが, 前者のスコアは輸入すらされていなかったため, レコードを聴きながらスコアの書き採りを試みた. 『
交響曲 第 3 番』は, 18 本のトランペットとパイプオルガンが豪奢に鳴り響く壮大な音楽で, 再現部の第 2 主題は特に圧巻である. また,『ヴァイオリン協奏曲』は, 民族音楽的要素の色濃い, 懐かしい郷愁感を誘発する魅力的な音楽である.
 
 また,『
ピアノ協奏曲 変ニ長調』(1936)や『チェロ協奏曲 ホ短調』(1946)はよく知られた曲であろうが, おそらくほとんど知られてない管弦楽曲《凱旋の詩》(1950)は隠れた名曲である. これは, 現時点では最近発売されたばかりの CD(グルシェンコの指揮, BBC フィルハーモニック, 1994)でしか聴くことができないが, ハチャトゥリアン独特の個性が光る逸品であると思う.
 

 
アメリカの近現代音楽
コープランド(Aaron Copland, 1900-1990, アメリカ)
 さて, 次はアメリカの作曲家である. 本稿では, アイヴズ(Charles Ives), グロフェ(Ferde Grofé), ガーシュウィン(George Gershwin), ピストン(Walter Pistn), ケージ(John Cage)などは割愛して, コープランドについて書く.
 
 パリ留学時代を含めた初期の作品は, ジャズを採り入れた前衛的な手法が多い. 聴衆との隔たりを感じたコープランドは, しだいにアメリカの民謡を素材とした親しみやすい音楽を書くようになった. もっとも有名な作品は, バレエ三部作《
ビリー・ザ・キッド》(1938), 45ロデオ》(1943),《アパラチアの春》(1944)であろう. どれも大変に魅力的な音楽である. いずれもリズムや和音構成に無駄がなく, 聴く者に鮮烈な印象を与える傑作と言えよう.
 
 管弦楽曲には,《
エル・サロン・メヒコ》(1936),《戸外の序曲》(1938), 映画音楽《われらの町》(1940),《静かな都市》(1941), 語りと管弦楽のための《リンカーンの肖像》(1942), 金管楽器と打楽器による『市民のためのファンファーレ』(1942), 組曲『映画のための音楽』(1942)など, 従来の形式にとらわれない管弦楽法と楽曲形式による傑作が多い. アメリカらしい明るい活力と大自然を想わせる牧歌的な雰囲気を合わせもっており, そこに聴く者を惹きつける魅力があるのであろう.
 
 初期の『
ピアノ協奏曲』(1926)は斬新な不協和音とオーケストレーションによる意欲作, 中期の『クラリネット協奏曲』(1949)は弦楽合奏とハープによる美しい響きを中心とする円熟した作品で, いずれもジャズの要素が豊富である. 管弦楽曲からのモチーフを含む『交響曲 第 3 番』(1946)も中期の傑作と言えよう. 後期の『インスケープ』(1967)のように初期の前衛的な手法を用いた作品は,(数も少ないし)演奏頻度も低く, ほとんど知られていない.
 
 室内楽曲には,『
ヴァイオリン・ソナタ』(1943)という, きわめて静謐で高雅な作品がある. また, 声楽曲には『 4 つのモテット』(1921)や『ラス・アガチャダス』(1942)や『アメリカの古い歌』(1950, 1952)などがある. これらは, 特に個性的というわけではないが, コープランドの作品というだけで聴く価値があるように思う.
 

 
バーンスタイン(Leonard Bernstein, 1918-1990, アメリカ)
 次は, コープランドの親友であったといわれるバーンスタインである. 彼は, 指揮者としては世界的に名を知られており優れた録音を多数残しているのであるが, 作曲家としては, ミュージカル《キャンディード》(1956, 1989)および 46ウェストサイド・ストーリー》(1957)の 2 作品が知られているくらいであろう.
 
 《
キャンディード》は,「序曲」だけが極端に有名であるが, 劇中にも( 2 管編成の各楽器の特性を存分にいかした)印象深い劇的な音楽が次から次へと現れる. 第 1 幕における「きっとそうだ」,「キャンディードのアリア」などの温和な美しさは, 彼が指揮を得意としたマーラーのアダージョを彷彿とさせる. また,「序曲」の管弦楽や「死刑執行」の合唱部分,「着飾ってきらびやかに」のソプラノの超絶技巧など, 豪華絢爛な響きの中に高度な演奏技術を要求される箇所も少なくない. ここに見られる多種多様な楽器法や表情豊かな楽想は, 彼の多才ぶりをあますとことなく伝えるものである.
 
 《
ウェストサイド・ストーリー》 は, 高校生時代の音楽の授業で観た映画の印象が強烈である. 他愛ない内容ながらも, 音楽のすばらしさに心を打たれ, その後も繰り返し観たおぼえがある.「マンボ」,「チャチャ」,「マリア」,「トゥナイト」,「アメリカ」,「スケルツォ」など優れた名曲が目白押しで, 楽器法や楽曲構成も含め, バーンスタインの作曲家としての多才ぶりに驚かされるのである.
 
 
オペラタヒチ島の騒動》(1951)や, その続編として作られ, 後に統合された本格的オペラ《静かな場所》(1951)は, 上記ミュージカルのような豪華さはないが, 遊び心豊かなバーンスタインの本領が垣間みえる傑作である(後者には「昔の CM ソング」としてメンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲』の第 3 楽章が演奏される場面が出てくる).
 
 
バレエファクシミル》(1946)もすばらしいし, 終楽章にソプラノ独唱を用いた『交響曲 第 1 番エレミア》』(1942), 彼の個性がよく表れた『交響曲 第 2 番不安の時代》』(1949), J.F. ケネディ大統領暗殺直後に作曲され, レクイエムとして発表された『交響曲 第 3 番カディッシュ》』(1963)も, それぞれが独得の魅力をもつ名作である.
 
 また, 合唱曲《
チチェスター詩篇》(1965)もバーンスタインの個性がよく表れた名曲で, 特に第 2 曲のハーモニーや終曲の消え入るような最後が非常に神秘的であり, いずれも息をのむ美しさをもつ.
 

 
ライヒ(Steve Reich, 1936-  , アメリカ)
 アメリカからはもう一人, ミニマル・ミュージックの開拓者ライヒを挙げておきたい. 最小限のリズム・パターンやモチーフを執拗に反復し重複させることで独特の音響効果をかもしだすその手法は, 20 世紀の同時代音楽の中では異例ともいえるほどの多くのファンを獲得している. 学生時代, NHK のFM 放送で彼を特集した番組を偶然に耳にした私は, その不思議な響きに一瞬で魅了された. その直後から彼の作品集の CD を積極的に入手し, 聴きうるほとんどすべての作品を聴いてきた.
 
 私が中学生の頃, 2 本のカセットテープを同時に再生することができる, いわゆるダブルプレーヤーが存在した. まったく同じ曲を録音した 2 本のカセットテープを同時に再生し, 少しずつズレが生じる中で聴こえてくる不思議な音響感に魅せられたことがある. ライヒの初期のテープ音楽《
カム・アウト》(1966), 2 台ピアノのための《ピアノ・フェイズ》(1967), 打楽器アンサンブルのための《ドラミング》(1971)は, この原理を用いて作られている. これらの中では,《ドラミング》の醸しだす絶大なトランス効果が大変に魅力的である.
 
 同じフレーズを 1 拍分だけ遅らせて反復させる手法を発展させて独特の音響効果をあげる作品に,《
拍手の音楽》(1972),《 4 台のオルガン》(1970),《マレット楽器・声およびオルガンのための音楽》(1973)などがある. ライヒの音楽は, 単純な手法ながら単調に陥らない彼独特のモチーフの創造とこれを有機的に組み合わせる巧みな技法を特徴とする. それは, 他の者が容易に追従しえないレヴェルのものである.
 
 私が特に好んで聴くのは,《
18 人の音楽家のための音楽》(1976),《大アンサンブルのための音楽》(1978), 47管楽器・弦楽器・鍵盤楽器のための変奏曲》(1979),《テヒリーム》(1981), 管弦楽と合唱のための 48砂漠の音楽》(1984),《カウンター・ポイント》三部作(1982, 1985, 1987), 管弦楽のための《ザ・フォー・セクションズ》(1987),《ディファレント・トレインズ》(1989)などである. 静かに耳を傾けていると, しだいに別世界へ引きずりこまれるような不思議な感覚に陥る. 知らぬ間に遠い過去をたどっていくようなノスタルジックな感覚にさせられる独得の雰囲気は何とも形容しがたい味わいがある.
 
 この《
管楽器・弦楽器・鍵盤楽器のための変奏曲》が,(先述した通り)偶然につけたラジオ放送で最初に耳にした音楽である. ラジオをつけた瞬間, 開始して数分後の部分が耳に入り, そのまま身動きがとれなくなって作曲者やタイトルも分からないままに十数分ほど聴きつづけた. 曲が終わると同時に作曲者とタイトルをメモし, 翌日には山野楽器銀座店に出向いて CD を入手したという, 思い出のある音楽である. また,《砂漠の音楽》は, 以前, 深紅の壁を打ち破って車が飛び出してくる中を深紅のバラの花びらが大量に舞い上がるという美しい映像の(三菱ギャランの)CM で使用されたことがあり, その斬新な演出に感心させられたものであった.
 

 
日本の現代音楽
武満 徹(Takemitsu Tohru, 1930-  , 日本)
 最後に, 邦人作品から 2 曲選んでおこう. まずは, 今や世界的な作曲家となった武満徹である. 有名な 49弦楽のためのレクイエム》(1957)や《ノヴェンバー・ステップス》(1967)などは, いずれも古典的名作になりつつある. その音楽は, 決して感情を高ぶらせることがない. 短歌や俳句のように静寂の中で熱い情動を表現する. 生の感情を直截に表さないところが日本的であると言えよう. 国際的に高く評価されるゆえんでもある.
 
 ストラヴィンスキー(先述)は《
弦楽のためのレクイエム》を「非常に厳しい」と評したという. それならば,《地平線のドーリア》(1966),《ア・ウェイ・ア・ローンⅡ》(1981)なども, 同様に評することができるであろう. 過不足のない和声と構造が聴く者の心に強く訴える印象深い音楽である.
 
 室内楽曲の中では, 初期の《
妖精の距離》(1951)をはじめ,《悲歌》(1966),《カトレーンⅡ》(1977),《雨の呪文》(1986)などを好んで聴く. 静まり返った庭園に風鈴がかすかに鳴り響くような音楽で, 大変に趣が深い.
 
 管弦楽曲には叙情的で美しい作品が多い. 印象主義的な響きを発展させた《
グリーン》(1967), ヴァイオリンと管弦楽のための《遠い呼び声の彼方へ!》(1980), ピアノと管弦楽のための《リヴァラン》(1984)など. その中でも最も美しい叙情的で豊穣な響きを聴かせるのは, ヴィオラと管弦楽のための《ア・ストリング・アラウンド・オータム》(1989)であろう.
 

 
吉松 隆(Yoshimatsu Takashi, 1953-  , 日本)
 管弦楽作品を中心とする 20 世紀の音楽(いわゆる「現代音楽」)は, 現代美術などと併行して混沌とした様相を呈するものになった. ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》やストラヴィンスキー《春の祭典》のような古典的な和声や楽曲構造からの脱出に成功した傑作の出現に刺激を受けたのであろう. 12 音技法などの「セリエル音楽」, 電子音楽などの「ミュージック・コンクレート」, 図形楽譜や確率的要素を含む「偶然性(不確定性)の音楽」, 最小のモチーフをひたすら反復させる「ミニマル・ミュージック」などの手法が, 競うように研究され発表されてきた.
 
 各手法は, 一時的に話題にはなったにせよ, 後世に残る普遍的な作品になりうるかとなると話は別である. 実際, 20 世紀の後半になって, このような前衛性を意識的に避ける作曲家が増えてきている. 武満徹の近年の作品や若手作曲家である吉松隆の作品はその代表例と言えよう.
 
 彼の作品の中には, ピアノと弦楽器のための《
朱鷺に寄せる哀歌》(1980), フルートとピアノのための《デジタルバード組曲》(1982), クラリネットとピアノのための《鳥の形をした 4 つの小品》(1983), ピアノ曲《プレイアデス舞曲集》(1986, 1987)など, 教会旋法を用いた繊細で華麗な響きを特徴とする美しい音楽が多い.
 
 『
交響曲 第 2 番地球にて》』(1991)は, 私が特に好んで聴く作品である.「挽歌」,「鎮魂歌」,「雅歌」の 3 楽章からなり, 第 3 楽章「雅歌」のミニマリズムを用いたエネルギーに満ちた躍動感がすばらしい. アジア, ヨーロッパ, アフリカなどグローバルな視点を意識した異国情緒にあふれた雄大な響きをもつ音楽である. 
 
 その中でも, 3 管編成の管弦楽曲 50
鳥たちの時代》(1986)は私が特に好んで聴く音楽である.「(朱鷺に寄せる)哀歌」とは異なり, この作品は「(鳥たちに寄せる)頌歌」である. ここに響く鳥のさえずりやはばたきは, メシアン(Olivier Messiaen)の(鳥に関連する)作品のようなアグレッシヴなものとは無縁であり, 淡い繊細さと優しさに満ちており, ここにきわめて日本的な豊かな精神性を感ずるのである.
 

 
おわりに
 以上, 私の個人的な嗜好に基づく「名曲」を管弦楽曲を中心に紹介した. 数年後に同様の試みをなせば, 嗜好も変わり, 新たな「名曲」も加わって, 別の 50 曲が選出されるはずである. したがって, 本稿の「名曲」は, 私自身にとってさえ普遍性をもつとは限らない. しかし, そのときどきにおける嗜好の変遷にかかわらず, なお名曲として選ばれ生き残りつづける作品が必ず存在するはずである. そういった作品群の総体が真の「名曲」として後世に受け継がれていくのであろう.
 

 
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